龍巌寺

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マーカーは龍巌寺です。

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」[江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図四つ切右上・「原宿」右上に龍巌寺が描かれています。)

龍巌寺
[龍巌寺(りゅうがんじ、竜巌寺)は、勢揃坂の途中にあって古風な山門を持つ、臨済宗の寺である。山号を古碧山という。
かつて龍厳寺には松の名木、『笠松』、またの名を『円座の松』があった。この松は江戸時代には葛飾北斎浮世絵(「青山円座松」)や歌川広重(「竜巌寺円座の松」)に描かれ、『江戸名所図会』にも取り上げられる名所であった。
龍巌時の山門を入って右手の奥には、八幡太郎義家が腰を掛けたと伝えられる石「腰掛石」が残っている。義家はこの寺の天満宮で出陣の連句をやって社前に奉納したことがあって、この天満宮は俗に句寄(くよせ)の天神とも呼ばれた。
また、龍巌寺の境内には松尾芭蕉の句碑「春もやや けしきととのふ 月と梅」もあるが、この句碑の上部はアメリカ軍による空襲によって破壊されたことから欠損している。
本堂前の墓地には安芸広島藩主であった浅野家の墓所があり、浅野長勲など円墳型の4基の墓が建っている。また、この墓地には蘭学者湊長安蛮社の獄に関連して自害した蘭学者・小関三英戒名は黄雲院俊峰三居士)の墓もある。
竜巌寺・wikipedia-photo  (wikipedia・勢揃坂より)]

[御府内八十八ヶ所中、唯一の臨済宗の寺院。本四国には真言宗以外の札所が八ヶ寺あるが、御府内ではここだけである。寺伝によれば、弘法大師が関東を巡錫した際に開創されたという。元は真言宗であったが、慶長7年(1602)に禅宗寺院となった。そのため、境内には大師堂もある。開創時の札所は青山熊野神社の別当・浄性院(真言宗)であった。しかし、明治神仏分離で廃寺になったため、龍巌寺が札所を引き継いだ。場所が近かったことと、禅宗ではあるが、弘法大師開創の伝承を有することによると思われる。境内は緑に覆われて風情がある。また、八幡太郎義家が腰掛けという石や人面蛇体の宇賀神の石像など興味深いものも多いのだが、境内は撮影禁止とのこと。また、関係者以外の立ち入りもお断りとのことで、御府内の巡拝者でない限り、拝観は難しいと思われる。なお、 江戸五色不動のうちの目黄不動は、一般には江戸川区平井の最勝寺_(江戸川区)か台東区三ノ輪の永久寺とされているが、当寺の不動明王を当てる説もある。  (「御府内八十八ヶ所-古碧山 龍巌寺」より)]

龍巌寺資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 青山長者丸辺図」(絵図中央右下方向・水野大監物下屋敷の右下に龍岩寺が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 青山渋谷絵図」(絵図右上に竜岩寺が描かれています。)

江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・竜岩寺庭中

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「竜岩寺庭中」(9-15)、「新日暮里解説・左ページ4行目より」(9-13)

「江戸遊覧花暦」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・青山龍岩寺円座松青山龍岩寺円座松(説明文)

江戸遊覧花暦. 巻之1-4 / 岡山鳥 編輯 ; [長谷川雪旦] [画]」・「青山龍岩寺円座松」(3-22)、「龍岩寺解説・右ページ3行目より」(3-24)

富嶽三十六景(葛飾北斎) – 青山圓座枩(あおやまえんざまつ)

龍巌寺 – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が龍巌寺山門です。

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