鶏声ヶ窪、「鶏声の井」碑

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    鶏声ヶ窪
    [「むかし土井大炊頭利勝の御やしきの辺、夜ごとに鶏の声あり、あやしみてその声をしたひてその所をもとむるに、利勝の御やしきの内、地中に声あり、その所をうがち見るに、金銀のにはとりを堀出せり」(「江戸砂子」) 一帯を「鶏声ヶ窪」と呼ぶようになった由来で、この窪地が今回の谷筋に当たるものと思われます。(「神田川「まる歩き」-鶏声ヶ窪」より)]

    国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 駒込絵図」(絵図中央上に土井大炊頭下屋敷が、その左下に酒井雅楽頭下屋敷が描かれ、その間の道に此辺ケイセイカクホと記述されています。)

    カメラ位置は東洋大学別館前で、旧白山通北側一帯が下総国古河藩土井家下屋敷でした。

    [鶏声の井記念碑 白山5-13-5京華女子高玄関横
    土井利勝の下屋敷の前を通る中山道のこの辺りを江戸時代鶏声が窪といった。明治2年には町名をつけるのに鶏声に因んで曙町と命名した。鶏声の井記念碑は昭和3年の建造で、伯爵酒井忠正書である。幕末には酒井雅楽頭の下屋敷内にあったが、昭和49年現在地に移された。(「ガイドテキスト白山」より)]

    カメラ位置は京華女子高玄関横で、カメラ東北東方向に「鶏声の井」記念碑があります。  

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