大村藩上屋敷・宇土藩上屋敷跡(国立国会図書館東京本館)

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大村藩関連リンク- 大村藩大村家下屋敷跡

宇土藩関連リンク – 宇土藩細川家中屋敷跡宇土藩細川家下屋敷跡

大村藩大村家上屋敷・宇土藩細川家上屋敷跡(国立国会図書館東京本館)
[大村藩上屋敷・宇土藩上屋敷跡は明治に入りドイツ公使館となり、現在は国立国会図書館東京本館と国会参観バス駐車場になっています。]

大村藩
[藩主家である大村家の経歴は明確ではないが、平安時代または鎌倉時代よりこの地の領主であった。第12代当主とされる日本初のキリシタン大名大村純忠は、天正15年(1587年)の豊臣秀吉九州平定に長子の喜前を従軍させ、戦後の九州国分では領地を安堵された。喜前は関ヶ原の戦いでは東軍に属し、江戸幕府開府後も本領を安堵され初代藩主となる。その後も転封もなく古来よりの領地のまま明治維新を迎えた極めて稀な藩である。そのためもあり、江戸時代に入っても家臣の整理が行われず、石高に対する家臣の数が多かった。家臣の城下集中もされておらず、幕末においても約2/3は大村ではなく各郷村に居住していた。
水田耕作に向かない地形の多い大村藩は、薩摩藩と並んで18世紀前半にサツマイモを日常食材として導入した。そのため享保の大飢饉での被害も比較的軽微で済んでいる。サツマイモの主食化によって大村藩は名目の石高以上に食糧事情が良く、享保6年(1721年)の大村藩の人口は6万5千人ほどだったが、安政3年(1856年)の人口は11万7300人と1.8倍に増加している。幕末期の検地では5万9060石7斗6升5合3勺4才であった。
最後の藩主である第12代藩主・純熈が藩主に就いた時代は幕末であり、藩論は佐幕渡邊昇らを中心とする尊皇に大きく分かれた。文久2年(1862年)、純熈が長崎惣奉行となると佐幕派が台頭し、尊皇派はこれに対し改革派同盟(大村三十七士)を結成した。元治元年(1864年)、純熈の長崎惣奉行辞任により逆に尊皇派が台頭した。慶応3年(1867年)、改革派同盟の盟主である松林飯山が暗殺され、針尾九左衛門も重症を負った。逆にこの「小路騒動(こうじそうどう)」と呼ばれた闘争を契機に藩論が一気に尊皇倒幕へと統一され、在郷家臣団を含む倒幕軍が結成された。以後、薩摩藩長州藩などとともに倒幕の中枢藩の一つとして活躍した。特に鳥羽・伏見の戦いの直前、近江国大津を固めるために大村藩が50名と少数ながら真っ先に大津に兵を派遣したことが幕府側の援軍の京都侵攻を阻むことになった。大村純熈は維新後の賞典禄として3万石を受給したが、これは薩摩藩・長州藩の10万石、土佐藩の4万石に次ぐものであり、佐賀藩の2万石を上回っている。  (wikipedia・大村藩より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 東京市史稿. 市街編49(1960年東京都出版)」の「江戸藩邸沿革」のP682・コマ番号385/553から宇土藩屋敷の変遷について記載されています。P683・コマ番号385/553「上屋敷 永田町」がこの地になります。

宇土藩
[宇土藩(うとはん)は、熊本藩の支藩。藩庁として宇土(宇土市)に陣屋が置かれた。正保3年(1646年)熊本藩2代藩主細川光尚の従兄弟行孝(初代忠利の弟・立孝の子)が宇土郡下益城郡に3万石を分与され、現在は新小路町と称される「本町筋南側」の一角に陣屋(御屋敷)を構えた。6代立礼と8代立政は熊本藩主として迎えられている。11代225年在封し、明治3年(1870年)熊本藩に合併し廃藩となった。
江戸藩邸は永田町に上屋敷、愛宕の下と神保こうしに中屋敷、白銀猿町に下屋敷があった。  (wikipedia・熊本藩#宇土藩より)]

国立国会図書館―National Diet Libraryホームページ」 – 「各階フロア図

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 外桜田永田町絵図(嘉永3年・1850年)」(絵図中央上・井伊掃部頭上屋敷の下方向に細川豊前守(細川行芬)上屋敷、大村丹後守(大村純熈)上屋敷が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内往還其外沿革図書. 四之二(文久元年・1861年)」(コマ番号2/3・絵図中央右、井伊掃部頭の左方向に細川山城守(細川立則)、大村丹後守(大村純熈)と描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内往還其外沿革図書. 四」(コマ番号34/87「文政十(1827)年之形」(細川行芬、大村純昌)、36/87「天保七(1836)年・八(1837)年之形」(細川行芬、大村純顕)、38/87「文久元年当時之形」(細川立則、大村純熈)の絵図四つ切右上に細川山城守、大村丹後守と描かれています。)

東京図測量原図 : 五千分一 – (内題)東京府武蔵国麹町皇城及永田町近傍(五千分一東京図測量原図のうち)(明治16・1883年)」(地図中央左・楠本邸、独逸公使館が大村藩上屋敷・宇土藩上屋敷跡になります。)

国立国会図書館東京本館ゲート前のカメラです。

新館(未登録者)入口前のストリートビューです。

本館(登録利用者)入口前のストリートビューです。

複写受付カウンター前のストリートビューです。