南部美濃守下屋敷跡(現有栖川宮記念公園)

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マーカーは有栖川宮記念公園です。

南部美濃守下屋敷跡(現有栖川宮記念公園)
[江戸時代には陸奥国盛岡藩下屋敷であった。 1896年(明治29年)に有栖川宮威仁親王霞ヶ関の御殿から移動する運びとなり代替地として御用地となり、威仁親王の生母(有栖川宮幟仁親王の側室)・森則子の住居等が設けられた。1923年(大正12年)に有栖川宮が廃絶した後は、同宮の祭祀を引き継いだ高松宮に継承された。1934年(昭和9年)に高松宮より東京市に下賜され、公園として一般に開放された。1975年(昭和50年)には、東京都から港区に移管され、区立公園となった。
有栖川宮記念公園・wikipedia-photo、園内の熾仁親王銅像・wikipedia-photo  (wikipedia・有栖川宮記念公園より)]

[もともと忠臣蔵で有名な浅野家の下屋敷があったところです。後に盛岡藩南部美濃守の屋敷になり、明治29年(1896)に皇族有栖川宮家の御用地に、大正7年(1913)には高松宮家の御用地なっていました。昭和9年(1934)1月5日、有栖川宮威仁(たけひと)親王の二十周忌のご命日に公園用地として賜与され、東京市は同年11月17日公園として開放しました。現在は港区立の公園で、広さは約67560平米、敷地内には都立中央図書館、麻布運動場もあります。  (「麻布十番の名所」より)]

有栖川宮記念公園ホームページ」-「施設案内マップ

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 麻布絵図」(絵図中央右下に南部美濃守下屋敷が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 芝金杉より麻布白金御殿跡辺絵図 : 寛保延享之頃」(コマ番号6/7・絵図中央上に「南部大膳太夫」と描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 府内場末其外往還沿革図書. [10]拾七中」(コマ番号4/5・絵図左上南部甲斐守下屋敷と描かれています。)

盛岡南部藩下屋敷 – Google Map 画像リンク」、「有栖川宮記念公園 – Google Map 画像リンク

有栖川宮記念公園正面入り口前のカメラです。

有栖川宮記念公園正面入り口広場のカメラで、カメラ南南東方向に有栖川宮熾仁騎馬像があります。

有栖川宮記念公園・梅林広場の藤棚

有栖川宮記念公園・滝から池の流れのカメラです。

有栖川宮記念公園池南端のカメラです。

有栖川宮記念公園・渓流部のカメラです。

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