祥雲寺

マーカーは祥雲寺です。

祥雲寺
[地下鉄広尾駅の南西,徒歩7分。元和9年(1623年),福岡藩黒田長政の没後,跡を継いだ黒田忠之が興雲寺を建立したのに始まる。その後祥雲寺と改称し,寛文8年(1668年)の江戸大火で現在地に移転した。境内には 黒田長政ら諸大名の墓がある。また,明治時代にペストが流行し,その際駆除されたネズミの霊を慰めるために建てられた「鼠塚」という大きな石碑があることでも知られている。  (「東京ガイド」より)]

[豊臣秀吉徳川家康の天下統一に貢献した黒田長政(福岡藩五十二万余石初代藩主)は、京都紫野大徳寺の竜岳(りゅうがく)和尚に深く帰依していた。元和九年(1623年)に長正が没すると嫡子の忠之は竜岳を開山として赤坂溜池の自邸内に龍谷山興雲寺を建立。寛文6年(1660年)は麻布台に移り、瑞泉山祥雲寺と号を改め、同8年(1668年)の江戸大火により現在の地に移る。この黒田長政の墓は、墓標形として建てられた雄大なもので、祥雲寺墓地の右手奥に有る。  (「歴史・黒田家の墓」より)]

祥雲寺資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 麻布絵図」(絵図右下隅に祥雲寺が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 芝金杉より麻布白金御殿跡辺絵図 : 寛保延享之頃」(コマ番号6/7・絵図左に「祥雲寺」が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 府内場末其外往還沿革図書. [12]拾七下」(コマ番号2/7・地図中央に祥雲寺が描かれています。)

江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・廣尾祥雲寺

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「廣尾祥雲寺」(7-28)、「瑞泉山祥雲禅寺解説・左ページ中」(7-27)

祥雲寺 – Google Map 画像リンク

カメラ西南西方向が祥雲寺山門です。