三田用水(中川口分水跡)

マーカーは三田用水(中川口分水跡)です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。

三田用水(中川口分水跡)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [4]拾六中」(コマ番号5・地図中央右上方向に中川修理大夫抱屋敷が描かれ、抱屋敷上に三田用水が描かれています。三田用水の分水が中川修理大夫抱屋敷付近で分水したので中川口分水と呼ばれたようです。)

6 荏原郡目黒村全図(明治44)」[地図をクリックすると拡大地図が表示されます。地図中央上方向・字柳町の上に三田用水が描かれ、菅刈小学校(明治30年代、菅刈小学校の建っている場所は西郷邸の牧場だった。)の下に水路が描かれています。その上流は描かれていませんが菅刈小学校上の道路に沿って分水路があったと思われます。]

カメラ位置は三田用水跡で、カメラ南南西方向が中川口分水跡と思われます。