三田用水(鳥久保口分水跡)

マーカーは三田用水(鳥久保口分水跡)です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。

三田用水(鳥久保口分水跡)
[目黒駅でJRの線路と直交して渡った三田用水は、品川区の通称「花房山」と呼ばれる一画の北側から『鳥久保口』分水が始まっています。『鳥久保口』分水は、タイ王国やインドネシア共和国などの「花房山」に集まる大使館のそばを二手に分かれて流れていたものと推測されます。  (「三田用水:三田用水 -どうでもいい疑問とテカテカの肌- – 水の行方を追」より)]

絵図左側・森河内守と松平越中守の間の分水が鳥久保口(上大崎村、谷山村)と思われます。

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」(上絵図は江戸御場絵図からの切り取りコピーです。江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。)

東京府15区8郡時代の町村区分図」 – 「荏原郡大崎町全図」(地図中央右方向、大字上大崎の大付近からに鳥久保口分水が描かれています。)

カメラ位置は三田用水(鳥久保口分水跡)付近で、鳥久保口分水はカメラ南東方向道路に沿って流れていたようです。