浅草寺(久米平内堂)

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久米平内堂
[久米平内堂
台東区浅草二丁目三番一号 浅草寺
久米平内は江戸時代前期の武士。『武江年表』によると、天和三年(一六八三)に没したとされるが、その生涯については諸説あり、実像は明らかではない。
平内堂には次のような伝承がある。平内は剣術に秀でており、多くの人をあやめてきた。後年、その供養のために、仁王坐禅の法を修行し、浅草寺内の金剛院に住んで禅に打ちこんだという。
臨終にのぞみ自らの姿を石に刻ませ、多くの人々に踏んでもらうことによって、犯した罪を償うために、この像を人通りの多い仁王門付近に埋めたと伝える。
その後、石像はお堂に収められたという。「踏付け」が「文付け」に転じ、願文をお堂に納めると願い事が叶うとされ、江戸時代中期以降、とくに縁結びの神として庶民の信仰を集めた。
平内堂は、昭和二十年三月の戦災で焼失した。現在のお堂は同五十三年十月に浅草寺開創千三百五十年記念として再建されたものである。
平成十八年三月 台東区教育委員会  (「第四〇〇回その3 浅草寺境内諸堂1 | 江戸御府内千社参詣」より)]

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「兵藤平内兵衛二王座禅像」(16-15)
兵藤平内兵衛二王座禅像(拡大図)

久米平内堂 – Google Map 画像リンク

カメラ南方向の玉垣内に久米平内堂があります。