佃島

マーカーは佃島です。

佃島
[徳川家康関東へ下降する折の天正18年8月1日(1590年8月30日)、摂津国佃村(現在の大阪府大阪市西淀川区佃)の漁夫33人が江戸に移り、正保2年(1645年)に元々あった名前のない砂州に百間四方の土砂を埋め立てて拡張し、築島して定住することとなり、この島を故郷にちなんで「佃嶋」と命名した。古地図を見ると「田」の字の島が確認できる。現在の地図を見ても、佃一丁目の形状はそのような形状をしている。徳川家康の江戸下降の際に移住した摂津国佃村の漁夫33人と神主・平岡権大夫好次が、同地に所在する住吉社(現・田蓑神社)の分霊勧請して創建した住吉神社では、3年ごとに大祭が行われる。2005年(平成17年)夏には360年周年記念大祭が執り行われた。
「江戸情緒を醸し出す佃川支川の佇まいと、そびえ立つ現代的な超高層マンションビル群・朱塗りの欄干が目立つ橋は、佃小橋。ビル群は大川端リバーシティ21である。2007年9月撮影。」・wikipedia-photo、21世紀初期の佃島(2007年3月撮影)・wikipedia-photo、「葛飾北斎『冨嶽三十六景』の内「武陽佃嶌」。19世紀前半の佃島(現・東京都中央区佃)の様子。遥かに富士山を望む。」・wikipedia-photo   (wikipedia・佃_(東京都中央区)より)]

富嶽三十六景(葛飾北斎) – 武陽佃嶌(ぶようつくだしま)(wikipedia-photo)

東京都立中央図書館隅田川両岸一覧図絵 上隅田川両岸一覧図絵 下」より。
佃島・石川島

佃島資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 京橋川筋南之方芝口橋川筋限木挽町築地鉄砲洲辺迄一円之絵図 : 天保九年」(絵図右上に「佃島」が描かれています。)

国立国会図書館デジタル化資料 – 御府内往還其外沿革図書」 – 「七[147] – 141/147、142/147、143/147、144/147、145/147

江戸名所図会」(「佃島-1」、「佃島-2」、「佃島白魚網

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「佃島-1」(2-35)、「佃島-2」(2-36)、「佃島白魚網」(2-37)

東海道名所図会. 巻之1-6 / 秋里籬嶌 [編]」・「京橋新橋佃田島住吉築地御堂愛宕社」(6-78)[京橋から新橋方向の鳥瞰図です。図会左ページ中程に佃島が描かれている。]

「東都名所」(「鉄砲州佃真景

江戸名所 永代橋佃島

カメラ位置は佃島1丁目のメインストリート西端で、カメラ東南東方向が佃島1丁目のメインストリートで、この通りで佃島盆踊りが開催されます。また、カメラ西北西方向が佃まちかど展示館です。

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