慶養寺

マーカーは慶養寺です。

慶養寺
[出羽国山形登鱗山竜門寺末 浅草今戸町 霊亀山慶養寺 境内拝領地1503坪。起立寛永2年、其頃は浅草蔵前ニ在リ、何之頃カ当地ヘ引。開山良寮和尚、龍門寺12代也。承応2年8月14日寂ス。本堂本尊三尊釈迦弥陀弥勒、宮通弁財天。(中略)
境内借地、蒼海山潮江院。開山慶養寺16世吾凰良端、天明6年3月8日寂。本尊釈迦、文殊、普賢。右潮江院儀ハ当寺末寺ニ御座候得共、寺地無御座候ニ付、当境内ニ差置申候。
当寺ハ浅草西福寺ノ辺ニアリシ時。伊丹右京年16、舟川采女年18両人討果シタル事あり。藻屑物語トイフモノ此事ヲ記ス。当寺ニアリ(御府内寺社備考より)  (「猫のあしあと – 慶養寺」より)]

慶養寺資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 今戸箕輪浅草絵図」(絵図中央下、今戸橋右に慶養寺が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 府内場末其外往還沿革図書. [45]貮拾貮下」(コマ番号10・地図中央左方向、今戸橋右に慶養寺が描かれています。)

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「山谷堀今戸橋慶養寺」(17-32)
山谷堀今戸橋慶養寺(拡大図)

[図会左ページに山谷堀今戸橋、右ページに慶養寺が描かれ、図会から外れて左に本龍院(待乳山聖天)があります。]
[待乳山は現在の隅田公園内にある小さい丘で、東に筑波山、西に富士山をのぞむことができた。本所・深川などが埋立てられる以前はこの山を入津の目標にしていたといわれ、付近の土を採って日本堤を築いたという言伝えもある。山上には聖天しょうでん宮が祀られ、商店・花柳界の信仰が厚かった。山の下にある今戸橋は山谷堀の最下流にかかっており、現在の浅草7丁目と今戸1丁目を結ぶ。  (「歌川 広重 初代 | 錦絵でたのしむ江戸の名所 – 国立国会図書館」-「待乳山聖天宮・今戸橋」より)]

慶養寺 – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が慶養寺山門です。

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