町屋の一本松跡(庚申塔)

マーカーはカメラ位置です。

町屋の一本松跡(庚申塔)
[町屋の一本松は、元禄6(1693)年に町屋村三河島村との境に植えられたと伝えられています。丸い小山となった庚申塚に松の巨木がポツンと佇む姿は、さぞかし印象的だったのでしょう。「三河島八景」のなかに「庚申の暮雪」という絵が残されており、雪景色の中にそびえ立つ一本松の姿が描かれています。
 高徳の僧がさる代官により斬首され、首をさらされたという伝承から別名「首懸(くびかけ)の松」とも呼ばれていました。また、枯れた松を植え替えた際(現在の松は二代目)に、根元の地中から数100年を経た刀や人骨が発掘されたそうです。
 一本松の根元にあった寛文8(1668)年9月吉日銘の「庚申塔」は、今も残されています。庚申塔とは、六十干支庚申の日に「庚申講」を3年間続けた記念に建立された石碑で、全国各地に見られます。庚申信仰は中国から伝来し、江戸時代に流行しました。「」は干支で猿に例えられることから、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿や「猿田彦神」などが塔に刻まれることが多かったようです。猿田彦神は道祖神としても崇められていたため、庚申信仰は道祖神信仰と結びついて各地に広がっていきました。また、塔には村の名前や庚申講に参加した人の名前なども記されています。  (「荒川ゆうネットアーカイブ > 楽しむ > 荒川区再発見4「東尾久」> 町屋の一本松跡」より)]

カメラ北北東方向に二代目松の前に庚申塔があります。

町屋の一本松跡(庚申塔)(Google Map 画像)

町屋の一本松跡(庚申塔)(Google Map 画像)

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