昌清寺

マーカーは昌清寺です。

昌清寺
[当寺は浄土宗嶺松山弘願院昌清寺と称され、元和元年(1615)の創建である。開祖は朝倉きよ(お清の方)、駿河大納言徳川忠長徳川家光の弟)の乳母である。父二代将軍徳川秀忠と母お江(崇源院)は忠長を寵愛し、忠長に次期将軍職を譲ろうと考えた。しかし兄家光の乳母春日局徳川家康に直訴するに及んで、将軍は家光に決まった。忠長は駿河城主となったが、なお大坂城主を要請したため家光の怒りにふれ、領地は没収され、高崎城に幽閉され自害した。寛永十年(1633)忠長28歳であった。忠長死後、忠長夫人お昌の方(信長の曾孫)は剃髪し松孝院と号した。乳母のお清も剃髪し、お昌の一字をもらい、昌清尼と称した。松孝院は忠長の菩提を弔うにあたり公儀に配慮し、自分に代わって乳母のお清に昌清寺で忠長の供養をさせた。 文京区教育委員会  (「猫のあしあと」より)]

昌清寺資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 本郷湯島絵図」(絵図中央左端・青山大膳亮上屋敷下に昌清寺が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 浅草下谷本郷辺絵図」(コマ番号4/5・絵図中央付近「安藤九郎左衛門」左に「昌清寺」が描かれています。)

昌清寺 – Google Map 画像リンク

カメラ北北東方向が昌清寺山門です。

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