マーカーは長泉寺です。
長泉寺
[長泉寺は、僧牧中(永禄3年1560寂)が永禄3年(1560)小石川に創建して開基となり、寛永13年(1636)当地へ移転、僧幹遠(寛永16年1639年寂)が開山したといいます。
●「本郷區史」による長泉寺の縁起
菊坂町に在り、小石川祥雲寺末、祝峰山と號す、永禄三年小石川金杉に起立、寛永十三年現地に移る。開山國傳韓達(本寺七世寛永十六年歿)開基僧牧中(永徳三年歿)什物に僧心越の詩書其他を蔵する。瀬尾長圭(醫師、自得軒と號す安永十年歿)荒木呉江(名は克之、長蔵と稱す江戸の書家別號東水完成五年歿六十五)同呉橋(呉江の二男名は翅之、通稱は左二、青茘と號す書家文化八年歿五十八)小沼立斎(江戸の儒者なり名は肯有通称は内蔵太備前の人文化四年歿)菱川岡山(名は賓字は大観別號泰嶺堀田侯儒臣、享和三年歿、五十六)同月山(岡山義子安房の人名は在、宗助と稱す堀田侯に仕ふ文化十三年歿四十八)岑谿丘(醫師)澁井小室(太室の男、名は至徳又貫佐倉侯儒臣天保六年歿六十一)塙一瓢(名は勝文字は子質長次郎と稱す儒を以て聞ゆ嘉永五年歿八十)間中雲帆(詩人名は宜之字は禎卿駒込林町に隠棲す明治十六年歿、七十七)の墓がある。(「本郷區史」より) (「長泉寺|文京区本郷にある曹洞宗寺院 – 猫の足あと」より)]
「国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 本郷湯島絵図」(絵図中央左上に長泉寺が描かれています。)
「日文研所蔵地図 – (内題)東京府武蔵国本郷区本郷元富士町近傍(五千分一東京図測量原図のうち)明治16(1883)」(地図左下に長泉寺が描かれています。)
カメラ北方向が長泉寺参道で、参道右に菊坂の案内板が設置されています。