古河藩土井家上屋敷跡[DNタワー21・旧第一生命館(旧GHQ本部)]

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古河藩土井家上屋敷跡[DNタワー21・旧第一生命館(旧GHQ本部)]
[本社屋である東京・日比谷の「第一生命館」は、昭和13年(1938)に渡辺仁・松本与作の共同設計で建設されました。
 終戦後、昭和20年(1945)に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)庁舎として接収されました。マッカーサー総司令官は東京に進駐した当日に、都内を車で視察し、複数あった候補の中からこのビルを選んだといわれています。第一生命館では、現在でもマッカーサー総司令官室が保存されています。 (※通常、一般公開はしておりません)
 平成7年(1995)に「第一生命館」は、隣接する「農林中央金庫有楽町ビル」と一体化させた上で中間に高層階部分を増築し、「DNタワー21(第一・農中ビル)」として改装されました。その為フロアの高さが異なり、低層部分=本館の8階部分のS階が新館の6階と繋がってます。外装は花崗岩を主とし、装飾を排したシンプルなモチーフの力強いデザインでまとめられています。
 DNタワー21は戦前最後の現存する大規模建築として、東京都選定歴史的建造物に選定されています。  (「旧第一生命館(DNタワー21) – 千代田区観光協会」より)]

土井利位
[土井 利位(どい としつら)は、下総古河藩の第4代藩主。土井家宗家11代。江戸幕府老中首座。雪の結晶の研究を行い「雪の殿様」の異名で知られる。
生涯
寛政元年(1789年)5月22日、三河刈谷藩土井利徳の四男として生まれる。本家の古河藩主土井利厚の実子が早世していたため、文化10年(1813年)3月18日にその養子に迎えられた。同年閏11月15日、将軍徳川家斉御目見する。同年12月16日、従五位下主膳正に叙任する。文政5年(1822年)8月23日に養父が死去したため、家督を継いだ。それにともない、官名を大炊頭に改めた。
文政6年(1823年)5月29日に奏者番となり、文政8年5月24日に寺社奉行と兼ねる。文政11年12月16日に寺社奉行を辞めたものの、文政13年11月8日に再び兼ねる。天保5年(1834年)4月11日に大坂城代となり、従四位下に昇進する。大坂城代在任中に大坂町奉行与力大塩平八郎が武装蜂起し(大塩平八郎の乱)、その鎮圧を担当した。その功績により、天保8年5月16日京都所司代に抜擢された。それにともない、侍従に任官した。天保9年4月11日に西丸老中、翌年12月6日に本丸老中に任命された。
藩政においても天保2年(1831年)から鷹見泉石を家老に登用し、藩政改革を行なっている。
天保12年(1841年)1月に大御所徳川家斉が死去し、5月に老中首座水野忠邦による天保の改革が始まると、利位は忠邦に協力して改革に参与した。ところが天保14年(1843年)、忠邦が打ち出した江戸・畿内周辺に対する上知令に関しては、自らの所領が畿内にもあったために反対し、反水野派の中心人物となる。水野派の鳥居耀蔵らの裏切りもあって忠邦を辞任に追い込み、その後を受けて老中首座に任命された。
利位は幕府財政再建のため、水野時代から続いていた倹約令を継続し、さらに百姓や旗本の生活苦を救うため救済策に尽力する一方で、弛緩していた武士道の引き締めにも力を入れるなどしている。利位の老中首座としての幕政担当期間は10カ月という短期間であるが、大坂で米の先物取引を行なうなどして一時的に幕府財政を黒字に好転させるなど、手腕を発揮しているのも確かである。
ところが天保15年(1844年)、江戸城本丸に火災が起こり、その再建のための資金調達を第12代将軍徳川家慶に命じられたが、利位は諸大名から十分な献金を集めることが出来ずに家慶の不興を買い、さらに6月21日にはオランダをはじめとする外国問題の紛糾もあって、水野忠邦が老中首座として復帰してしまう。このため、同年10月12日に利位は忠邦の報復を恐れて自ら老中を辞任した。
嘉永元年(1848年)4月25日、養子の利亨に家督を譲って隠居する。それにともない、官名を織部正に改めた。直後の7月2日に死去した。享年60。  (wikipedia・土井利位より)]

資料リンク
国立国会図書館 – 天保改正御江戸大絵図[出版年月日・天保9(1838)年]」[絵図中央・西御丸下に土井大イ上屋敷(土井利位)が描かれています。この屋敷は土井利位が老中就任中拝領した屋敷地です。]

国立国会図書館 – 弘化改正御江戸大絵図[出版年月日・弘化2(1845)年][絵図中央・御堀角下に「土井大イ上屋敷」(土井利位)が描かれています。老中退任後の拝領屋敷。]

国立国会図書館 – 〔江戸切絵図〕. 御江戸大名小路絵図[嘉永二(1849)年]」[絵図中央左方向・御堀下に「土井大炊頭(土井利則)上屋敷」が描かれています。]

国立国会図書館 – 御府内往還其外沿革図書. 一之二[文久元(1861)年]」[絵図四つ切右上・御堀上に「土井大炊頭」(土井利則)と記述されています。]

(内題)東京府武蔵国麹町区八重洲町近傍(五千分一東京図測量原図のうち)明治16・1883年」(地図下・「工兵第一方面本署」が古河藩土井家上屋敷跡になります。)

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