馬場先門、八代洲河岸(玉川上水樋管)

マーカーは馬場先門跡の標柱です。

馬場先門
[馬場先門は寛永6年 兵庫橋虎口とし浅野長晟加藤忠広により建造された枡形門、名称は寛永12年門内に朝鮮馬場が置かれたことから由来するとされます。不開門でしたが、寛文8年の大火後に通行が許されたそです。明治37年日露戦争大勝の祝賀行列がこの門を通過するとき、大混乱のため多数の死傷者が出たので、以後取り払い、門も明治39年4月二重橋への道路工事を機に撤去されてしまいました。  (「江戸城三十六見附 ⑭ 馬場先門~和田倉門」より)]

八代州河岸(現八重洲)
[八重洲の地名は、ここに住んでいたオランダ人ヤン・ヨーステン・ファン・ローデンスタイン(Jan Joosten van Lodensteijn)の和名「耶楊子(やようす)」に由来する。彼は、江戸時代に日本に漂着し、後に徳川家康の国際情勢顧問や通訳として活躍し、家康からこの地に邸を与えられた。  (wikipedia-八重洲より)]

玉川上水樋管
玉川上水留. [42] 玉川上水西丸下御厩掛并伝奏屋敷掛共外樋枡御普請一件 嘉永三戌年三月より十一月迄 分冊ノ一」(41/91・馬場先門周辺の玉川上水樋管が描かれています。)
玉川上水留. [45] 玉川上水西丸下御厩掛并伝奏屋敷掛共外樋枡御普請一件 嘉永三戌年三月より十一月迄 分冊ノ四」(31/99・馬場先門周辺の玉川上水樋管が描かれています。)

外櫻田門資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 江戸城見附図 2巻. [1]」(コマ番号13-16/47・馬場先御門)
(拡大図)

  
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 御江戸大名小路絵図(嘉永二年・1849年)」

国際日本文化研究センター – (内題)東京府武蔵国麹町区宝田町近傍(五千分一東京図測量原図のうち)(明治16年・1883年)」(地図中央左に馬場先門と馬場先橋が描かれています。)

(江戸時代の馬場先門・wikipedia-photo)

江戸城 馬場先門跡 – Google Map 画像リンク

カメラ南南西方向・植え込みの中・公園灯左に馬場先門跡の標柱が設置されています。

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