マーカーは下総屋食堂です。
下総屋食堂
[両国駅徒歩3分程、東京都指定民生食堂の「下総屋食堂」さん。 民生食堂とは何だろうと少し調べてみました。そのルーツは戦前の「外食券食堂」とのこと。昭和16年、米の配給制開始に伴い、食堂が完全登録制となり、たとえ旅行者であろうが「米穀通帳」を役所に提示し「外食券」を発行して貰わないと、外で食事が出来なくなったそうです。その時代の食堂を「外食券食堂」と呼び、それが戦後の急激な復興の中で米の供給量が増えるのしたがい、闇ゴメが出回ったり、外食券不要で雑炊だけを提供する「雑炊食堂」が増えたとのこと、そんな中、昭和26年外食券制度がついに廃止となると、それまでの「外食券食堂」が、都指定の「民生食堂」へと変わったそうです。この流れからすれば「民生食堂」が現在の「大衆食堂」の源流になっているのでしょう。「大衆食堂」ひとつとっても中々、奥が深いですね。「下総屋食堂」さんの店内には「東京都指定民生食堂」の看板が残っており、昭和の匂いがプンプン薫るなんとも風情のある食堂です。 (「下総屋食堂 – 40男の衣食住」より)]
「40男の衣食住」さんは、「民生食堂・鰻蒲焼 天平」も紹介しています。
[先日、G1クライマックスの準決勝の試合を両国に見に行った際のこと。夕方、友達との待ち合わせにまだ時間があったので、「そういや、両国の下総屋食堂ずっとお休みしてるけど、どうなってるかなあ」なんて思い出して、ちょっと様子を見に店の前まで行ってみたんですよ。そしたら、なんと開いているじゃないですか。
両国国技館によく行く人なら、きっと知ってる人も多いはず。100年続く食堂下総屋さんは、あの東京大空襲でも奇跡的に焼け残った…という、歴史も年季も思い出も味もありすぎる物件。
ここのご主人とお母さんの人柄のファンも多い。東京ではもはや、なかなかお目にかかれないレトロすぎる風情で、ドラマや映画の撮影にもよく使われています。
私がお店を覗き込んだら、もう84になるお母さんが大量のつるむらさきを下処理しているところで、お母さんは私を見て「今日はね、お休みなの」「お父さんが一ヶ月前に亡くなってね、とりあえず当面お休みなのよ」と、衝撃の事実を教えてくれた。
ちなみに、長男さんが引き継いで、来月あたりには下総屋食堂は再開できるのではないか…とのこと。
とりあえず安堵。2017/08/22 17:41:22 (「#下総屋食堂 – Instagram(インスタグラム)の画像・動画 – Garow」より)]
「【両国】ドラマロケの聖地「下総屋食堂」いつから再開?使われたドラマ 」
店の主人宮岡昭馬(てるま)の生前の話 – 「両国で歴史を学び、相撲を取ったら 飯の旨い「めしや」に行こう|食の安」
カメラ北北東方向が下総屋食堂です。