ふじ大山道の追分

マーカーは富士・大山道の道標と庚申塔です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年で見ると、富士・大山道の道標と庚申塔のある場所は、延命寺の右上の交差路だと思います。

ふじ大山道の追分
[志村の一里塚を後にしてさらに進むと、中山道で最初の難所とされた急勾配である清水坂に入り、間もなくして相模国大山へ向かうふじ大山道明治期以降は「富士街道」と称)との追分に差し掛かる。
ふじ大山道道標、庚申塔寛政4年(1792年)に建立の道標には「大山道 ねりま 川こへみち」とある。万延元年(1860年)建立の庚申塔は道標を兼ねていて、「是從(これより) 冨士山大山道 練馬江一里 柳沢江四里 府中江七里」とある。所在地は板橋区志村2丁目7-1。  (wikipedia・板橋宿より)]

[富士・大山道の道標と庚申塔
 富士・大山道とは、霊山である富士山や神奈川の大山に通じる道です。この場所は中山道から富士・大山道が分岐する場所でした。
 向かって左側の道標(道しるべ)は、寛政四年(1792)に建てられたもので、正面には「是より大山道 并(ならびに) ねりま川こへ(川越)みち」と刻まれています。右側の庚申塔は、万延元年(1860)に建てられたもので、左側面に「是ヨリ富士山大山道」とあり、練馬・柳沢(西東京市)・府中への距離が示されています。この二基の石造物は、江戸時代の交通や信仰を物語る上で貴重な存在であり、昭和五十九年度に板橋区の文化財に登録されました。
               平成十七年三月  板橋区教育委員会  (「2008.11.23(日)中山道第2回目 志村一里塚~大宮」より)]

富士大山道道標・庚申塔 – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向に富士・大山道の道標と庚申塔があります。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *

*