旧粕谷家(東の隠居)住宅

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旧粕谷家(東の隠居)住宅
[江戸時代徳丸は本村と脇村に分かれており、粕谷家は代々脇村の名主を務めていました。旧粕谷家は享保11年(1726)以前に、その名主粕谷家から隠居した家に始まると伝えられており、「粕谷隠居流」とも呼ばれてきました。
 この建物は桁行17.17m、梁行10.95mの寄棟造りで、茅葺です。建築年代は享保年間に隠居した時に建てられたと伝えられていますが、棟札が見つかっていませんので正確な年代は不明です。しかし、建築当初の部材がよく残っており、それらに残された痕跡をもとに建築当初の形を復元して行くと、江戸時代後期の関東地方の典型的な農業形式になり、少なくとも180年は遡ることができます。
 また、敷地は土地区画整理事業等により旧来の範囲とは異なるものの、なお屋敷庭として整備されており、家屋と一体で落ち着いた佇まいを示しています。
 当住宅は平成15年(2003)12月に「粕谷尹久子家住宅」として区有形文化財に指定しましたが、平成19年(2007)3月に、それまでの所有者粕谷尹久子氏から板橋区に寄贈されました。それに伴い、当粕谷家が「東の隠居」と呼ばれていましたので、名称を「旧粕谷家(東の隠居)住宅」に変更しました。
旧粕谷家・画像リンク  (「旧粕谷家(東の隠居)住宅 付宅地 | 板橋区」より)]

徳丸・旧粕谷家(東の隠居)の年中行事 荒神棚飾り | 板橋区

旧粕谷家(東の隠居)住宅 – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向が旧粕谷家(東の隠居)住宅です。