西方寺

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西方寺
[●「豊島の寺院」による西方寺の縁起
元和8年(1622)道哲大徳、浅草聖天町吉原土手附近で遊女が無縁仏として投げ捨てられるのを悲しみ道蓮社正誉玄育上人を請じ聖天町に一宇を建立。大正4年(1915)春火災焼失。昭和2年(1927)浅草聖天町より現在地へ移転。(「豊島の寺院」より)
●御府内寺社備考による西方寺の縁起
本所押上大雲寺末 浅草聖天町 弘願山専称院西方寺、境内356坪御年貢地180坪、遍照院ヨリ借地176坪。
当寺草創相分不申候。
開山道蓮社正誉上人玄育念死大和尚、俗名相不申候。万冶3年正月22日遷化。
開基順誉無辺光道哲大徳、俗名相不申候。万冶3年12月25日死ス。
本堂、本尊阿弥陀如来、立像3尺2寸恵心僧都作。右本尊汗掛之弥陀ト称ス。道哲之念持仏ト申伝候。
十一面観世音、銅仏立像。両祖師善導円光大師、立像丈3尺。
開基道哲木像、玉眼入丈2尺5寸。
一万日回向供養塔、長1丈3尺、門内ニ在之、年号月施主之名彫付在之。
道哲石像、丈2尺5寸、門内土手際ニ在之。
転誉妙身信女、三浦屋傾城高尾事、万冶3念12月25日死ス。
高尾襟掛愛嬌地蔵、銅仏丈1寸8分本堂安置。
高尾塚、150回ニ新吉原竹屋七郎兵衛建之。
鎮守稲荷社。以上甲乙書上。  (「西方寺|豊島区西巣鴨にある浄土宗寺院、高尾太夫の墓所 猫の足あと」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 今戸箕輪浅草絵図」(絵図下中央右方向・山谷堀の左に移転前の西方寺が描かれています。)

「国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [45]貮拾貮下」(コマ番号10/10・絵図四つ切左上、山谷堀に架かる、新鳥越橋左上に遍照院に接続して西方寺が描かれています。)

西方寺 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が西方寺です。