丁子屋

マーカーは丁子屋です。

丁子屋
[丁子屋の屋号は丁子巴の家紋から。神田鍛冶町で昔は紺屋(染物屋)だった。分家して明治 28年創業。  (『谷中・根津・千駄木』83
・特集/「キモノ」をめぐる生活 はたらくキモノ)
店前の藍染川は大正期に暗渠化されています。へび道はその名残ですが、藍染大通りを越えた丁子屋さんの辺りは道もまっすぐ延びて道も広くなっています。店頭には和模様の更紗で作られたブックカバー、ポーチ(携帯電話やデジカメを入れるに良さそう!)手拭い、扇子入れ、他。看板は 平成 15年(2005)頃?老朽のために新しく付け替えられました。店の左上に見えるのが干し場です。  (「谷根千ウロウロ: ファッションアーカイブ」より)]

[この界隈は以前藍染町という地名でした。その名の通りに染め物屋さんが多かったようです。そして田端付近から不忍池につながっていた藍染川というものが以前あったことも知っていました。千駄木から根津にかけてある「へび道」もこの藍染川の名残なのです。大正時代まで写真のように川があり、暗渠化されたようです。【大正時代の藍染川と丁子屋さん】  (「丁子屋さんと根津の藍染川|Mineraな日々」より)]

カメラ南南西方向が丁子屋です。

手仕事を訪ねて
「 紺ののれんが風に吹かれている。明治二十八の創業。現在の主人村田庄司さんは四代目。屋号は家紋の「丁子巴」から。以来九十年、着物の染め、洗いを業いとしてきた。
 「桶のたまり水で洗うと、どうしてもあくで白場(生地の白い所)が汚れるからね。絶えず流れている川がすすぐのによかったんでしょうね。」
 昔と変わらぬ仕事の手順。汚れて持ち込まれた着物をまず全部ほどく。もちろん絹物だ。水洗いをし、端縫いをしてすっかりもとと同じ一反の姿にしてから、中性洗剤で汚れをとり竹ひごの伸子張り。これで布のタテの目がすっと伸びる。乾くとアイロンをかける。
 そんな大変な仕事でおいくらですか。
「物によって違うけど、ごく普通の訪問着で八~九千円くらいかな」
ほかに色抜きもするけれど、それは汚れを落として薬品で煮る。
 濃いエンジの着物を色抜きして、目もさめるような美しいピンクに染め替えたのを見せて頂いた。染め、仕立て直し、紋つけなどは他所へ出す。着付けないもので、手入れの仕方もわからなくて。
 「昔は虫干しをしたから風が通ったけど、今はマンションが湿気て、ほら、こんないい着物がカビ生えちゃう。ハンガーにつるすだけでもいいのにね。これを 素人が水につけてこすり取ると、またもっとひどいカビが生える。汗じみとか泥はねとか、大事な着物は専門家に相談したらいいと思うよ」
 ちょっと素敵すぎる門構えなので、私など入りにくい気もするが、ご主人もお母様も気さくで話し好きの方だ。建物は創業時のもので、中の障子の桟や古いタンス、入口の上下に動かす木戸などいつまでも見飽きない。
「着物を流行がないし、染めかえて孫子の代まで着られます。わからないことがあったらいつでも相談にのりますよ」といって下さった。 (「谷根千3号 藍染川すとりーと・らいふ 全文掲載 – 谷根千ねっと」より)]

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