長明寺

マーカーは長明寺です。

長明寺
[日蓮宗寺院の日照山長明寺は、京都本圀寺末として慶長14年に起立しました。正年間に谷中正運寺を吸収し、現在に至っています。
銅鐘
長明寺の銅鐘は、総高が122.9cm、口径が75.1cmです。 銘文によると、天和2年(1682)初冬(10月)16日、当寺檀那屋代安次が自らの逆修供養のために寄進しました。逆修とは生前に自分の死後の冥福を祈るため仏事を修することです。この鐘を鋳造した鋳物師は、椎名伊予良寛{しいないよよしひろ}です。鋳物師の椎名家は江戸時代初頭に多くの作例を遺し、椎名伊予吉次を初代とする江戸鋳物師の名家です。
椎名伊予良寛は延宝9年(1681)頃から元禄13年(1700)頃にかけて活躍した鋳物師で、およそ26点の作品を残しています。内訳は銅鐘が19点、銅燈籠が2対4点、宝塔・水盤が各1点です。とくに宝塔は、上野寛永寺にある徳川将軍家墓のひとつで、4代将軍徳川家綱(厳有院)の墓です。このように将軍家の墓の鋳造を任されている事からも、椎名良寛が当時実力を伴った著名な鋳物師であったことがわかります。
本銅鐘は、区内に現存する銅鐘の中でも比較的古いものに属します。加えて鋳造者の椎名良寛は、当代一流の鋳物師の一人であり、鋳物師椎名家の活動を知る上でも貴重な遺品です。  (「猫のあしあと – 長明寺|台東区谷中にある日蓮宗の寺院」より)]

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 府内場末其外往還沿革図書. [33]貮拾壹元」(コマ番号4/7・地図中心から左下方向に長明寺が描かれています。)

江戸名所圖會. 卷之1-7 / 齋藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 畫圖」・「日暮里惣図其之二」(14-47)
日暮里惣図其之二(拡大図)

[其之二は見開きで、右ページ上から「経王寺」「七面宮」「長相寺」「宗林寺」が描かれ、左ページ上から「百観音」「養福寺」「人丸社」「南泉寺」が描かれています。「七面宮」が延命院で、「百観音」は養福寺です。また、「長相寺」は「長明寺」ではないかと思います。]

長明寺 – Google Map 画像リンク

長明寺山門前のストリートビューです。

長明寺本堂前のストリートビューです。

長明寺本堂内のストリートビューです。

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