京所(きょうづ)石碑

マーカーは京所(きょうづ)石碑です。

京所
[京所(きょうづ)は、現在の宮町二丁目の一部・三丁目(京所道沿い)に集落の中心があった村落です。この集落は、六所宮( 大国魂神社 )の社領で八幡宿に属しており、『 新編武蔵風土記稿 』(幕末の地誌)には「六所社領」の小名としてその名が見えます。
 地名の起こりは、経所(きょうじょ)が転訛したものといわれており、ここに 国府の写経所のような施設があった名残だと伝えられています。延宝六年(1678)の六所明神領の地検帳には「きょう女」の字があてられています。京所のように「京」のつく地名は、国府の所在地には多くあります。この地域からは数多くの掘立柱建物跡が検出されており、 武蔵国国府(国衙)跡として有力なところです。  (「京所 – Monumento(モニュメント)」より)]

カメラ東方向が京所(きょうづ)石碑です。