寛政六年庚申塔

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寛政六年庚申塔
[貫井南四丁目三叉路(さんさろ)にあり、江戸時代後期寛政6(1794)年の造立である。正面に「絶三尸罪(ぜつさんしざい)」と刻まれ、庚申の夜に人が眠っていると三尸(さんし)という三匹の腹中の虫が体から抜け出し、天帝(てんてい)に罪を告げるとその人が死ぬという中国の道教の教えを文字で表した貴重な庚申塔である。
 また、この塔には「右小川・すな川道、左こくぶんじ道」という道標みちしるべがあり、台座に貫井村講中と刻まれている。  (「小金井の指定文化財(市指定文化財その1) – 小金井市」より)]

[寛政六年庚申塔
       高さ七十七cm
  市郷土資料指定  昭和四十八年二月
 この庚申塔は、江戸時代後期寛政六年(一七九四)に建てられました。正面に「絶三尸罪(ぜつさんしざい)」と刻まれ、中国の道教に由来する三尸説をあらわしており、都内でも珍しく、貴重なものです。三尸説とは、庚申の日の夜に人が眠ってしまうと三尸という虫が体から抜け出し、天帝に罪を告げ、その人が死ぬというものです。そこで、庚申の夜は、講中の仲間の人々が飲食を共にし、眠らずに一夜を明かしたと伝えられています。
 側面に「右小川・すな川道、左こくぶんじ道」という道標みちしるべがあり、台座には「貫井村講中」と刻まれている。
 平成九年二月二十八日
          小平市教育委員会]

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カメラ西方向が寛政六年庚申塔です。

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寛政六年庚申塔案内板(Google Map 画像)