普済寺

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普済寺
[普済寺(ふさいじ)は、東京都立川市柴崎町にある臨済宗建長寺派の寺院。山号は玄武山。本尊聖観音菩薩
この寺は、文和年間(1352年 – 1356年)地頭立河宗恒の開基、物外可什の開山により創建されたと伝えられる。この寺にある場所は武蔵七党の一族である立河氏の居館があったところであり、この寺ははじめ外の場所にあったが立河氏が衰退した後に今の場所へ移されたと見られている。なお、1363年(貞治2年)から1400年(応永7年)までこの寺で「五部大乗経」が刊行されている。江戸時代には江戸幕府から朱印状を与えられている。
普済寺庫裏(右)、本堂(左)・wikipedia-photo

国宝
●石幢
緑泥片岩製の石幢(せきどう)。延文6年(1361年)の造立。普済寺境内のコンクリート製の覆堂内に保存される。
幢の原義は仏堂を荘厳する「はた」の一種で、方形または多角形(六角、八角など)の笠の各辺から布を垂らしたものである。この形を模して石で造立したものを石幢という。普済寺の石幢は六角形の基台石上に板石6枚を組み合わせた六面石幢で、上部には笠石を乗せ、凝灰岩製の受花と後世のものと考えられている宝珠が重ねられている。総高は204.5センチ、6面の板石は各166×42センチ。各板石には四天王(持国天、増長天。広目天、多聞天)及び金剛力士(仁王)像が薄肉彫りされている。広目天像の向かって右脇に「延文六年辛丑七月六日施財性了立道円刻」の銘がある。「性了立道円刻」は「性了」が造立し、「道円」が刻んだとの意で、性了は当寺の物外可什像(1995年焼失)の像内銘にもその名が見え、開山物外可什の関係者(弟子か)とみられる。道円については石幢の四天王像と金剛力士像を刻んだ者とみられるが、詳細は不明である。
考古資料部門の国宝としては最も制作年代の新しいものである。立川市歴史民俗資料館にはこの石幢の原寸大のレプリカが展示されている。
六面石幢・wikipedia-photo

  (wikipedia・普済寺_(立川市)より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 江戸名所図会 7巻. [10]」(25/63・芝崎普済寺、24/63玄武山普済禅寺解説左ページ中程から、26/63、27/63、28/63左ページ中程まで)

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「芝崎普済寺」(10-24)、「玄武山普済禅寺解説」(10-23)
芝崎普済寺(拡大図)

普済寺 – Google Map 画像リンク」、「立川氏館跡 – Google Map 画像リンク

カメラ西南西方向が普済寺参道です。

カメラ北西方向が普済寺本堂になります。

国宝の六面石幢が保存される覆堂前のカメラです。