池淵史跡公園(旧内田家住宅)

マーカーは旧内田家住宅です。

池淵史跡公園
[池淵(旧地名)遺跡は、南側の石神井川と北側の三宝寺池の谷にはさまれて、東西に長く延びる台地上にあります。池の淵という意味でこの名がつきましたが、遺跡は台地全体に広がっています。現在、遺跡地のほとんどが、石神井公園・区立石神井プ-ルとなっていますが、「区立池淵史跡公園」内では遺跡地の形状を見ることができます。
 昭和47~48年(1972~1973年)にこの遺跡の発掘調査が行われ、旧石器時代縄文時代中世の遺跡が発見されています。中でも縄文時代中期の竪穴式住居跡は、同公園内で16軒も確認されています。発掘完了後、「区立池淵史跡公園」として埋め戻し保存され、地表に遺構位置が表示されています。
 昭和63年区登録  (「池淵遺跡 (いけぶちいせき):練馬区公式ホームページ」より)]

旧内田家住宅
[旧内田家住宅は、桁行(けたゆき)8.5間(けん)(15.3メートル)、梁間(はりま)5.5間(けん)(10.9メートル)の整形四間取りの主体部とその北西部に梁間(はりま)3.5間(けん)(6.4メートル)、桁行(けたゆき)2.5間(4.4メートル)の角屋(つのや)からなる茅葺(かやぶ)きの寄棟造(よせむねづく)り(※1)、平入(ひらい)り(※2)の建築物です。
 小屋裏でみつかった明治22年(1889年)の年記のある文書(もんじょ)や伝聞(でんぶん)、建築当初からの洋釘(ようくぎ)の使用などから明治20年代初頭の建築と推定されます。建築の構造、形式、部材の仕上げ、痕跡などから一部に江戸時代に建てられた民家の古材(ふるざい)を使用していたと考えられます。
 もとは練馬区中村にありましたが、平成19年(2007年)5月に解体され、平成22年に区立石神井公園ふるさと文化館の屋外展示施設として、区立池淵史跡公園へ移築復元しました。
 部分的な改造はありますが、建築当初の主要な部材や構造、形式を良好にとどめており、区内に現存する数少ない伝統的茅葺き屋根の民家建築です。
 平成19年度区登録・平成19年度区指定
※1 寄棟造り・・・四方向に傾斜する面を持つ屋根のかたち
※2 平入り・・・屋根の棟と並行した側に出入口があること  (「旧内田家住宅 (きゅううちだけじゅうたく):練馬区公式ホームページ」より)]

池淵史跡公園 練馬区指定文化財 旧内田家住宅 – 加藤畳店

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カメラ南南東方向が池淵史跡公園入口です。

カメラ位置は池淵史跡公園で、カメラ北北西方向が旧内田家住宅です。