須賀神社前清戸道石標と案内板

マーカーは須賀神社前清戸道石標と案内板です。

清戸道トップページへリンク

須賀神社前清戸道石標と案内板
[清戸道(きよとみち)
清戸道は、練馬区の東端から西端まで延長約十五キロメートル、区のほぼ中央を横断している道路です。この道を東に行くと目白駅を経て江戸川橋に達し、西に行けば、保谷東久留米を経て清戸(清瀬市)につきます。大泉から先、清瀬までの道筋は幾とおりにも分岐していきます。
練馬の村々から江戸に出るためには、この道を通るのが最も近道でした。江戸時代から練馬のお百姓さんは、朝早く野菜をもって町に向い、昼頃には下肥を運んで帰って来ました。その下肥を、中農以上の百姓は馬の背で、それ以下の百姓は天秤棒で運びました。このように清戸道は、農産物輸送の重要な道路でした。
明治大正時代には、大八車が発達し、目白坂には、車の後押しをして金をもらっていた「立坊(たちんぼう)」がいたのも有名な話です。金輪のはまった車の音は、静かな夜明け前の空気を震わせていたことでしょう。
平成十三年一月 練馬区教育委員会  (「清戸道を歩く 江戸川橋から清瀬清戸へ(1/2) – 散歩の途中」より)]

清戸道跡碑 – Google Map 画像リンク

カメラ北東方向が清戸道石標と案内板です。

須賀神社前清戸道石標案内板(Google Map 画像)