高倉塚古墳

マーカーは高倉塚古墳です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図を見ると分梅左に古墳らしき絵が描かれています。

高倉塚古墳
[高倉塚古墳とは?
分倍河原駅周辺のまちなかを歩いていると、小高い丘があります。
この丘は、高倉塚古墳と呼ばれており、墳丘と周溝しゅうこうが残る貴重な古墳として平成13年10月に府中市の史跡に指定されました。
また、周辺には30基もの古墳が発見されており高倉古墳群と呼ばれ、古墳時代後期の6世紀から7世紀はじめ頃を中心に作られましたが、近年の調査で、一部の古墳は古墳時代中期以前に作られたことが分かったそうです。
出土品
高倉塚古墳からは、残念ながら出土品はほとんどありませんでしたが、高倉古墳群からは、銀象嵌(ぎんぞうがん)の鍔つばの大刀たち、鉄鏃(てつぞく)などの武具(ぶぐ)や水晶の切子(きりこ)玉、金銅製の耳飾りなどの装飾品が出土しているそうです。
銀象嵌の鍔の大刀は市の有形文化財に指定されており、府中市郷土の森博物館に展示されています。
武蔵府中郷土かるた『お』
古墳の傍かたわらには標識が立っており、高倉塚古墳は「武蔵府中郷土かるた」の読み札ふだの一つになっています。
みなさんも、かるたの題材となった市内各所のゆかりあるスポット巡りをしながら、高倉塚古墳を訪れてみてはいかがでしょうか。  (「市史跡 高倉塚古墳 東京都府中市ホームページ」より)]

[府中市指定文化財(市史跡) 高倉塚古墳
 平成13年10月30日制定
 府中 崖線 (がいせん)( ハケ )の斜面上に広がるこの周辺には、これまで確認されている 古墳 が25基あり、これらは 高倉古墳群 と呼ばれています。このうち墳丘が残っているものは4基あり、この高倉塚古墳は古墳群の中心に位置しています。古来より「高倉塚」と呼ばれ象徴的な存在だったことから中世以降には信仰の対象として保存されてきました。
 これまでの 発掘調査 で、墳丘構築工法が判明し、墳丘下層から6世紀前半とされる 土師器 坏(はじきつき)が出土するなどの学術成果があり、高倉古墳群を研究するうえで貴重な資料となっています。
 なお、付近の古墳群からは、 土器 ・直刀(ちょくとう)・鉄鏃(てつぞく)・玉類が出土し、昭和の初め頃に出土した銀象嵌大刀(ぎんぞうがんたち)を含む大刀5振は、平成6年2月に市の文化財に指定されています。
 国内でも数例しかない 上円下方墳 の武蔵府中熊野神社古墳など、ぜひこの周辺の古墳を散策してみてください。
 平成17年3月
  府中市教育委員会  (「府中市指定文化財(市史跡) 高倉塚古墳 – Monumento」より)]

高倉塚古墳 – Google Map 画像リンク

カメラ南方向が高倉塚古墳です。