覚願寺

マーカーは覚願寺です。

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」(江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図四つ切左下・「上野毛」下に覺願寺が描かれています。)

覚願寺
[自性山聖徳院覚願寺と称し、真言宗智山派に属する古刹である。「新編武蔵風土記稿」には、「此寺元は村の西の方台の下にありしが、いつの頃か此所に移せし」とのみあり、その創建の時期を明らかにしていない。しかし、文禄3年(1594)の「武州荏原郡世田谷領上野毛郷縄打屋敷帳」には覚願寺の名が見えており、この頃寺地が確定したと考えられる。本尊は大日如来で、脇仏として弘法大師興教大師が祀られている。なお、享保6年(1721)の「両大師造立帳」(当寺所蔵)には聖徳太子像(木像漆塗、江戸時代現存)が本尊であったことが記されている。当寺の院号が「聖徳院」と称されているのはこのためであろう。その後、大日如来像が本尊とされたようで、現在もこの大日如来像が当寺の本尊となっている。文政7年(1824)には、本堂が大破したため大修理を行った記録が残されている。現存する本堂、観音堂は、天保年間(1830-1843)に再建されたものである。総門は、昭和63年に造営された。(世田谷区教育委員会掲示より)  (「猫のあしあと – 覚願寺」より)]

覚願寺 – Google Map 画像リンク

カメラ南西方向が覚願寺総門です。

覚願寺本堂前のカメラです。

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