浄心寺

マーカーは浄心寺です。

浄心寺
[浄土宗寺院の浄心寺は、鏡智山寶蔵院と号します。浄心寺は、鑑蓮社吟誉至山不通が元和元年(1615)に創建したと伝えられます。
「江東区の民俗城東編」による浄心寺の縁起
浄心寺
新編武蔵風土記稿』巻之二四によれば、この寺の創立は元和元年(一六一五)で、開山鑑蓮社吟誉至山不通は寛永五年(一六二八)に亡くなったという。『浄心寺誌』によれば、江戸初期正二位大納言烏丸光広卿が江戸に下ったおり、鷹狩りに遊び、宝燈庵と称していたころの浄心寺に立ち寄り、不通和尚の法話に耳を傾け、その姿に心服した光広卿は朱塗りの門と、自家の菊花紋を浄心寺に与え、赤門寺と呼ばれるようになった。寺では慶長八年(一六〇三)のことと推測している。(「江東区の民俗城東編」より)  (「浄心寺|江東区亀戸にある浄土宗寺院 – 猫の足あと」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション -北本所亀戸辺ヨリ中川迄 : 天保一一年八月ノ形」(絵図四つ切左上に浄心寺が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 亀戸ヨリ中川迄」 – 「亀戸ヨリ中川迄. [1]」[コマ番号4/6・絵図上端中央付近に浄心寺が描かれています。]

カメラ南方向が浄心寺山門です。