清水徳川家下屋敷跡(甘泉園)

マーカーは甘泉園です。

関連リンク – 清水徳川家上屋敷(玉川上水樋管)跡

国立国会図書館デジタルコレクション – 東京市史稿. 市街編49(1960年東京都出版)」の「江戸藩邸沿革」のP895・コマ番号491/553から清水徳川家屋敷の変遷について記載されています。P896・コマ番号492/553「抱屋敷 同所(下戸塚)」がこの地になります。

清水徳川家下屋敷跡(甘泉園)
[この地は、江戸時代宝永年間(1704-1711年)に徳川御三家の一つ尾張徳川家の拝領地となり、その後安永三年(1774年)に初代清水徳川家の江戸下屋敷が置かれていました。明治以降は、子爵相馬邸の庭園として整備され、昭和には早稲田大学が付属甘泉園として譲り受けました。昭和44年には区立公園となり、現在に至っています。
現在の公園は、ツツジの花、アジサイの花、新緑やモミジの紅葉、冬の雪吊りなど、四季折々に見どころがある日本庭園として人々に親しまれています。  (「甘泉園(かんせんえん)公園:新宿区」より)]

[甘泉園公園(かんせんえんこうえん)は、東京都新宿区西早稲田にある新宿区立の公園である。元々当地は徳川御三卿の一つ・清水徳川家の下屋敷(明和年間 – 清水家の下屋敷となる。)があったところで、当公園は屋敷にあった回遊式庭園であった。当地から湧き出ていた湧き水がお茶に適して評判であったことから、「甘泉園」と呼ばれていた。明治時代には相馬子爵家の邸宅になったが、昭和13年に近隣にある早稲田大学の施設となった。戦後は東京都に売却されて都立公園となったが、1969年に新宿区の管轄となって現在に至る。名の由来となった湧き水は枯れているが、現在でも大名屋敷の回遊式庭園の面影を多分に残した日本庭園を主体とした公園となっている。冬になると雪吊した樹木を見ることが出来る。
甘泉園公園入口・wikipedia-photo、日本庭園・wikipedia-photo  (wikipedia・甘泉園公園より)]

[現在ある水稲荷神社は1963年(昭和38年)、早稲田大学と土地交換を行い、甘泉園(清水徳川家の下屋敷)である現社地に遷座。  (wikipedia・水稲荷神社より)]

甘泉園公園案内図

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 大久保絵図(嘉永七年・1854年)」(絵図右上に清水殿下屋敷が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [17]拾九利」(コマ番号133/193・宝永七(1710)年之形、右ページに尾張殿と描かれています。コマ番号134/193・当時之形(嘉永五(1852)年)で清水付屋敷、抱屋敷が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [18]拾九利(嘉永五年・1852年)」(コマ番号2/7・絵図四つ切中央に清水付屋敷、抱屋敷が描かれています。)

東京都立図書館アーカイブ – 東京府北豐島郡高田町豐多摩郡戸塚町(出版年-1920.9)」(地図四つ切右下中央・相馬邸を含む周辺が清水徳川家下屋敷跡です。)

甘泉園公園 – Google Map 画像リンク

カメラ南南西方向が甘泉園入口です。

甘泉園四阿前のカメラです。

カメラ東南東方向が甘泉園上池で、カメラ北西方向が下池です。

甘泉園滝前のカメラです。

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