上目黒天祖神社

マーカーは上目黒天祖神社です。

国立公文書館デジタルアーカイブ – 江戸御場絵図」[江戸御場絵図表示は南北逆になっていますので、反転表示すると見やすくなります。反転表示した絵図右方向・「中目黒」左方向に神明社と描かれています。]

上目黒天祖神社
[上目黒天祖神社の創建年代は不詳ですが、古くより伊勢森と呼ばれていた当地に神明神社として鎮座していたと伝えられます。当社には道標を兼ねた庚申塔があり、もう一つの庚申塔と共に目黒区指定文化財となっています。
●目黒区教育委員会掲示による上目黒天祖神社の由緒
古くから伊勢森と言うこの地に鎮座している神社で、天照大神を祭神として祀り、地元人の深い崇敬を受けています。創建の年代は不明ですが、境内には樹齢数百年と推定される老樹が多く、その年代から考えてもかなり古い時代の創建と思われます。現在の社殿昭和8年5月に新築されたものです。毎年9月の第1土日に例大祭が行われ、現伊勢脇町会、現祐天寺町会員が氏子として祭事を行っています。なお、本殿右奥には神輿蔵があり、一年中宮神輿が見学できます。境内には、宝永5(1708)年と、道標をかねている享保元(1716)年の2基の庚申塔が建立されています。(目黒区教育委員会掲示より)
●天祖神社庚申塔
この2基の庚申塔は駒形で、合掌六臂の青面金剛、日月、二鶏、三猿が浮き彫りにされています。江戸時代、農村では60日に1度巡ってくる庚申の日に人々が集まって青面金剛などをまつり、飲食をしながら夜を明かす庚申待という民間信仰が盛んに行われてきました。庚申待を18回終えた後に建てたのが庚申塔です。右側の庚申塔は享保元年(1716)の建立で、彫像碑には珍しく道標を兼ねていて、区内の道標碑としては最古のものです。右側面の道標銘には、「是より末町さき四辻、大道九品仏道、右せたかい道、左へふとう道」と刻まれており、それぞれが、九品仏浄真寺、世田谷、目黒不動瀧泉寺へ続く道だったことがわかります。
左側の庚申塔は宝永5年(1708)の建立で、「奉待庚申青面金剛」の銘と、中9人の名が彫られています。(目黒区教育委員会掲示より)  (「上目黒天祖神社 – 猫の足あと」より)]

上目黒天祖神社 – Google Map 画像リンク」、「庚申塔 – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が上目黒天祖神社境内です。

カメラ初期設定方向が上目黒天祖神社拝殿です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*