薩摩藩島津家下屋敷跡(常陸宮邸)、常盤松の碑

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    国立国会図書館デジタルコレクション – 東京市史稿. 市街編49(1960年東京都出版)」の「江戸藩邸沿革」のP526・コマ番号307/553から鹿児島藩屋敷の変遷について記載されています。P528・コマ番号308/553「下屋敷 渋谷」がこの地になります。

    薩摩藩島津家下屋敷跡(常陸宮邸)
    [常盤松御用邸と呼ばれる常陸宮邸は、元は薩摩藩島津家の屋敷でした。薩摩から江戸に上った篤姫は、いったん三田の薩摩藩上屋敷に入りますが三田の屋敷が安政の大地震で被災。さらに海に近い上屋敷は黒船からの砲撃を受けるかもしれないと、嫁ぐ前の篤姫は渋谷の下屋敷に移ったそうです。安政3年(1856年)に篤姫はこの屋敷から将軍家に嫁いでいます。篤姫輿入れの支度係を務めたのは西郷隆盛でした。嘉永5年(1852年)に薩摩藩屋敷が江戸の外れ、吸江寺近くに造られ、その後拡張されて1万8000坪の広大な敷地となったそうです。かつて「常盤松」という大きな松があり、これが島津家ゆかりとの口伝があったことから、ビルの片隅に島津斉彬の家来が建てた常盤松の碑が今も残されています。  (「常陸宮邸-旧薩摩藩島津家屋敷 篤姫はここからお嫁に行きました」より)]

    常盤松の碑
    [もとこのあたりにあった皇室の御料乳牛場の構内に常盤松と呼ばれた樹齢約400年、枝ぶりのみごとな松がありました。その松は源義朝の妾、常盤が植えたという伝説があり、また一説には世田谷城吉良頼康の妾、常盤のことであるといいますが、はっきりしたことはわかりません。この近くにはかつて渋谷城があり、渋谷一族金王丸源義朝源頼朝の2代に仕えた臣ですから、常盤御前が植えたという伝説が生まれたのでしょう。この碑は御料地になる以前に、その土地が島津家の持地だったことがあり、そのときに島津藩士によってたてられました。当時常盤松の代価壱千両といわれたほどの名木で、このあたりの地名であった常盤松町の起源となりました。 東京都渋谷区教育委員会  (「東京都渋谷区の歴史-常盤松の碑」より)]

    [薩摩藩島津家下屋敷地及び周辺について「渋谷区立図書館-渋谷区史年表」に、
    ●万治元年(1658)閏12月 – 大和柳本藩主織田家の拝領屋敷(旧常磐松町)ができる。
    ●文化5年(1808)3月 – 柳本藩織田家下屋敷(旧常磐松町)、相対替で村上藩内藤家下屋敷となる。
    ●文化14年(1817)8月 – 村上藩内藤家下屋敷の一部(旧常磐松町)が上知となり、三根山藩牧野家下屋敷となる。
    ●文政10年(1827)6月 – 三根山藩牧野家下屋敷(旧常磐松町)、相対替で大和芝村藩織田家下屋敷となる。
    ●嘉永5年(1852) – 村上藩内藤家下屋敷(旧常磐松町)、相対替で鹿児島藩島津家下屋敷となる。
    ●嘉永6年(1853)6月 – 島津藩士某、常盤松の碑を建てる。
    ●安政年間(1854~1859) – 芝村藩織田家下屋敷、鹿児島藩島津家下屋敷に囲い込まれる。
    と記述されています。]

    国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [11]拾七下」(コマ番号171/196「延宝年中(1673年-1681年)之形」、コマ番号172/196「天和三(1683)年頃之形」の左ページに織田信濃守(柳本藩主織田秀一)と記述、コマ番号173/196「貞享三(1686)年之形」に織田源七郎(柳本藩主織田秀親)と記述。コマ番号174/196「元禄十四(1701)年之形」に織田監物(柳本藩主織田秀親)、コマ番号175/196「延享五(1748)年之形」に織田下野守(柳本藩主織田秀賢)と記述されています。コマ番号176/196「文化十四(1817)年之形」で内藤紀伊守(村上藩内藤信敦)、内藤駒之丞、牧野半右エ門(三根山藩牧野忠義)に分割されています。コマ番号177/196「当時(嘉永元年・1848年)之形」で三根山藩牧野家下屋敷が織田丹後守(芝村藩主織田長恭)下屋敷になっています。)

    国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 青山渋谷絵図(嘉永六年・1853年)」[絵図四つ切左下・松平左京大夫上屋敷右下に内藤紀伊守(内藤信親)下屋敷が描かれています。)

    東京都立図書館アーカイブ – 東都青山絵図(出版年 嘉永6[1853]/安政4[1857]改)」(絵図中央左方向に松平薩摩守下屋敷が描かれています。)

    国立国会図書館デジタルコレクション – [慶応改正御江戸大絵図](慶応3 [1867])」(コマ番号3/5・絵図中央右上、薩州下屋敷が芝村藩下屋敷を含んで描かれています。)

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    カメラ南南東方向が常陸宮邸です。

    カメラ西北西方向に常盤松の碑があります。

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