小倉百人一首編纂の地

マーカーは小倉百人一首編纂の地碑です。

小倉百人一首編纂の地(おぐらひゃくにんいっしゅへんさんのち)
[藤原定家(1162~1241)は,子為家(1198~1275)の舅宇都宮頼綱(蓮生入道,1172~1259)から依頼され,古来の名歌を選び頼綱の中院山荘(厭離庵)の障子色紙に書き記した。この色紙が小倉百人一首のもとになったといわれる。附近には定家の小倉山荘があったと考えられている。この石標は,小倉百人一首を編纂した定家ゆかりの地を示すものである。
所在地 右京区嵯峨小倉山町(常寂光寺内)
位置座標 北緯35度01分12.0秒/東経135度40分08.3秒(世界測地系)
建立年
建立者
寸 法 高107×幅31×奥行25cm
碑 文
[南]
小倉百人一首編纂之地
[西]
藤原定家卿山荘址
調 査 2002年2月20日  (「UK019 小倉百人一首編纂の地 – 京都市」より)]

カメラ北北東方向に小倉百人一首編纂の地碑があります。