常寂光寺

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    常寂光寺
    [常寂光寺(じょうじゃっこうじ)は京都府京都市嵯峨野にある日蓮宗の仏教寺院。山号は小倉山。百人一首で詠まれる小倉山の中腹の斜面にあって境内からは嵯峨野を一望でき、秋は全山紅葉に包まれる。その常寂光土のような風情から寺号がつけられたとされる。
    平安時代藤原定家の山荘「時雨亭」があったと伝わる地で、安土桃山時代末の慶長元年(1596年)に日蓮宗大本山本圀寺十六世日禎が隠棲の地として当山を開いた。歌人でもある日禎に小倉山の麓の土地を寄進したのは角倉了以と角倉栄可で、小早川秀秋ら大名の寄進により堂塔伽藍が整備された。
    山門・wikipedia-photo、開山堂・wikipedia-photo、庭園・wikipedia-photo
    伽藍
    多宝塔 – 国の重要文化財元和6年(1620年)建立、高さ12m、檜皮葺(wikipedia-photowikipedia-photo)
    本堂 – 桃山城の客殿を慶長年間に移築(wikipedia-photo)
    仁王門南北朝時代貞和年間に本圀寺の南門として建立、元和2年(1616年)に現在地に移築、藁葺き(wikipedia-photowikipedia-photo)
    仁王像 – 福井県小浜の日蓮宗寺院・長源寺から移された。寺伝に運慶作というが実際の作者は不明
    鐘楼寛永18年建立(wikipedia-photo)   (wikipedia・常寂光寺より)]

    [文禄五年(1596年)当時歌人として著名な究竟院日槙上人を開山に迎え角倉栄可と了以が名勝小倉山を提供し創立された。
    本堂は慶長年間に桃山城の客殿を移築したもの又多宝塔は元和六年(1620年)の建立で重要文化財に指定されている。
    妙見尊は慶長年間の保津川洪水の際、漂着した妙見大菩薩御神像を角倉町の一舟夫が発見、久しく同町集会所で祀っていたが享和(1801年-1804年)の頃当山に遷座し鎮護の社としたもの。 小倉の妙見様、酉の妙見宮として関西一円の庶民に親しまれている。  (「開運厄除 洛陽十二支妙見めぐり」より)]

    除夜の鐘 常寂光寺・二尊院・大覚寺 | 京都旅屋 ~気象予報士の

    常寂光寺公式ホームページ

    常寂光寺 桜

    常寂光寺仁王門 – Google Map 画像リンク」、「常寂光寺 – Google Map 画像リンク」、「常寂光寺多寶塔 – Google Map 画像リンク

    常寂光寺山門前のストリートビューです。

    常寂光寺仁王門前のストリートビューです。

    常寂光寺仁王門後ろのストリートビューです。

    本堂前のストリートビューで、カメラ北北西方向に鐘楼があります。

    庫裏前のストリートビューで、カメラ東南東方向に鐘楼があります。

    妙見堂前のストリートビューです。

    多宝塔前のストリートビューで、カメラ北北西方向が開山堂です。

    常寂光寺資料リンク
    都名所図会」・巻之四 右白虎再刻 常寂光寺巻之四 右白虎再刻 常寂寺 (常寂光寺)解説

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