大雄院

マーカーは大雄院山門前です。

大雄院
[開祖は水庵宗掬(すいあんそうきく)(美濃国鏡島城主石川家の人)の法孫である慧南玄譲(えなんげんじよう)。水庵派に属する。慶長(けいちょう)8年(1603)石川市正光忠(いちのかみみつただ)が父石川紀伊守光元(きいのかみみつもと)(播州竜野城主)の菩提(ぽだい)のためと、祖父石川伊賀守光重(いがのかみみつしげ)以来代々の香華(こうげ)所として創建された檀越(だんのつ)家支配の塔頭(たっちゅう)である。慧南玄譲の法祖である蘭叔玄秀(らんしゅくげんしゅう)は光忠の叔父にあたるため、当院の勧請(かんじょう)開祖としている。創建時には伏見城にあった石川屋敷の建物を移し、寛文(かんぶん)10年(1670)に新しく建てかえ、現存の方丈(ほうじょう)は享保(きょうほう)12年(1727)光忠の百年の遠諱(おんき)を営むにあたって再度建てなおじたものである。方丈の襖絵(ふすまえ)七十二面は江戸時代末期の蒔絵師(まきえし)で有名な柴田是真(しばたぜしん)の筆である。]

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カメラ南方向が大雄院山門です。