寿聖院

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寿聖院
[慶長4年(1599)関ケ原合戦(せきがはらかっせん)の前年に、石田三成(いしだみつなり)が父石田正継(まさつぐ)の菩提所(ぼだい)として、妙心寺六十二世伯蒲慧稜(はくほえりょう・1544-1628))禅師を開祖として創建したもの。当初は現在の四倍以上の面積を有して、本堂・客殿・庫裏(くり)・書院がならんでいたが、関ケ原敗戦後、縮小を余儀なくされ、慶長16年、二世雲屋(うんおく)は再興の許可を受けて、書院を残して本堂とした。ちなみに当院三世の済院(さいいん)は、三成の嫡子石田重家(しげいえ)で、関ケ原戦後、大坂城より当院に逃れて、伯蒲の弟子となって嗣法(しほう)し、境内の一隅に石田一族の供養塔を建立(こんりゅう)した。  (「大本山妙心寺 – 塔頭寺院案内 – 寿聖院」より)]

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カメラ北方向が寿聖院山門です。