慈済院

マーカーは慈済院です。

慈済院
[臨済宗天龍寺派大本山天龍寺の塔頭である。 1363年(正平十八年 / 貞治二年)夢窓疎石法嗣で天龍寺第2世無極志玄(佛慈)を開祖に斎明神社の南に創建された。 寛永年間(1624年~1645年)焼失して天龍寺山内に移った。 江戸時代には火災などで荒廃したが、幕末禁門の変では類焼を免れ、明治5年に塔頭福寿院を合併して再興された。 弁天堂には夢窓国師が彫刻し佛慈禅師に授興したという水摺福寿弁財尊天が祀られ、節分の天龍寺七福神めぐりの札所となっている。  (「慈済院紀行 – PHOTOGRAPH.PRO」より)]

[慈済院表門
京都府
江戸/1615~1661
木造、瓦葺、間口2.8m、東方潜戸付
1棟
京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町66
登録年月日:20160801
登録有形文化財(建造物)
玄関廊式台のほぼ正面、天龍寺の総門から本山庫裏に至る参道に面して建つ。一間薬医門切妻造瓦葺で、本柱頂部を繋ぐ冠木男梁女梁で挟み、男梁上の板蟇股棟木を受ける。軒は二軒疎垂木である。天龍寺最古級の表門であり塔頭の表構えを伝える。  (「慈済院表門 文化遺産オンライン」より)]

[慈済院本堂
京都府
江戸/1816
木造平屋建、瓦葺、建築面積238㎡
1棟
京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町66
登録年月日:20160801
登録有形文化財(建造物)
天龍寺の旧三門の北に位置する塔頭の本堂。南面する六間取の方丈形式で、室中を含む前三室は境に竹の節を設け、三室通しの棹縁天井を張る。四面広縁や上間後室の西側に付書院を設ける形式などに、禅宗塔頭寺院本堂としての特色を示し、意匠も洗練される。  (「慈済院本堂 文化遺産オンライン」より)]

斎明神社(さいめいじんじゃ)
[天竜寺塔頭慈済院の旧境内地にあり,当社はその鎮守社であった。現在の本殿は明和8年(1771)に建てられた。京都市内には数少ない神明造本殿である。当初から覆屋の中に収められていたために保存状況も極めて良好である。拝殿は江戸時代末期の建物である。  (「京都市:京都市指定・登録文化財-建造物(右京区)」より)]

慈済院 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が慈済院山門です。

慈済院庫裏玄関前のカメラです。

カメラ北西方向が水摺福寿弁財尊天來福門です。

弁天堂前のカメラです。