慈眼堂(中院観音)

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慈眼堂(中院観音)
[清凉寺西側の一帯は中院と称され、12世紀末、この地に山荘を構えた藤原定家念持仏とされる、木造千手観音立像(市指定有形文化財)が本尊として安置されています。  (「28 愛宕道 – 京都市埋蔵文化財研究所」より)]

[清凉寺から西へのびるこの前の道は愛宕道で、両側の一帯が中院である。
 12世紀の末、藤原定家(1162~1241)は中院に山荘を構え、嵯峨の自然を愛してしばしばこの地を訪れた。
 慈眼堂の本尊である「木造千手観音立像」は、付属する古文書によると藤原定家の念持仏で、定家の没後、子の為家(1198~1275)が伝領し、為家からこの地の人々に与えられたものと伝え、長くこの地の豪農浜松屋善助屋敷内の堂に祀られていた。
 像は寄木造り、漆箔、彫眼の技法によって制作されており、もの静かな面相と程よい肉身に、小づくりの脇手を配している。保存状態は良く、天衣の体から遊離した部分や、微細な脇手持物の一部までも残っている。
 本像は、仁治2年(1241)80歳で亡くなった藤原定家の念持仏とする伝承にふさわしく、12世紀後半の様風を伝えるもので、鎌倉時代初期(12世紀末~13世紀初頭)における藤原風の美作として貴重なものであり、昭和60年6月1日京都市指定有形文化財に指定された。
 なお、慈眼堂では中院の人々が毎年正月14日の夜から15日の日出まで「日待<ひまち>」の行事を行い、また、定家、為家の法要も営んでいる。
     京都市  (「慈眼堂(中院観音) – 平安時代好きの京都旅行記」より)]

「慈眼堂・中院観音」(嵯峨野) – 絶景かなドットコム(京都)

カメラ西北西方向が慈眼堂(中院観音)です。