春日神社(黒田の百年桜)

マーカーは春日神社です。

春日神社(黒田の百年桜)
[常照皇寺から東に、国道477号を行くと下黒田、宮、上黒田を通り、左京区花背へと出ます。いずれも大堰川(上桂川)上流域の狭い谷あいに開けた集落です。宮地区は、近世以前は黒田宮村と称していました。黒田卿の氏神である春日神社の脇にかつて桜の大木がありましたが、明治6年の台風により倒れ、これを惜しんだ村びとが、一本の八重桜を跡に植えました。通常の桜と思い何気なく植えたものの、これが一重と八重の混じり咲く珍しい種とわかり、昭和42年「百年桜」と命名されて大切にされています。当時、樹齢およそ100年であることと、明治百年にあたることによる名前です。
典型的なヤマザクラの変種。花は紅色大輪で、手毬のように固まり咲く。一重・八重・旗弁のあるものが混じる。八重一重といわれる類です。  (「京都市右京区役所:黒田百年桜」より)]

[春日神社宝蔵(かすがじんじゃほうぞう・画像リンク)   1棟(指定)
附 棟札 1枚 建武肆年丁丑三月一日棟上の記がある
  宮野大明神記録帳 1冊
京都市右京区京北宮町 春日神社〕
 春日神社は,右京区京北黒田地区の旧宮村(現宮町)に所在する。宝蔵は本殿の近傍に建ち,かつては大般若経六百巻と十六善神像を収蔵していた。
 建物は,桁行(けたゆき)1間,梁間(はりま)1間,切妻造,平入り,鉄板葺の板倉(いたぐら)であり,主要部材にクリ材を多用していること,格子を組んだ外壁とすること,軒は板軒であり,軒板先端が特殊な方法で支持されているなど,材料的にも構法的にも特異な板倉である。また,外壁の当初材にはかなりの風食がみられ,建立年代の古さを示している。
 以上のような遺構の状況に加え,棟札や,社蔵の文献史料の記載を勘案すると,宝蔵は建武4年(1337)に建立されたと推定することができる。
 春日神社宝蔵は,材木の豊富な京北地域の神社で見られた板倉の宝蔵(経蔵)の残り少ない一事例であるとともに,板倉として中世にさかのぼる,また類例がない形式をもつ遺構として貴重である。  (「新指定・登録文化財 第28回京都市文化財」より)]

バイク日記 ~晴天は最高の調味料~ 黒田百年桜ツーリング」、「春日神社 黒田の百年桜

カメラ南方向が春日神社で、鳥居左が「黒田の百年桜」で鳥居の右側が「松月桜」です。