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法住寺
[法住寺(ほうじゅうじ)は日本の京都市東山区にある天台宗の仏教寺院である。平安時代中期に藤原為光によって創設され、その後院政期にはこの寺を中心に後白河上皇の宮廷「法住寺殿」がいとなまれた。法住寺殿が木曾義仲によって焼き討ちされ、数年を経て後白河上皇もなくなると、法住寺は後白河上皇の御陵をまもる寺として江戸時代末期まで存続、明治期に御陵と寺が分離され現在にいたる。寺内の『身代不動明王(みがわりふどうみょうおう)』像は、平安時代の作風とされる。この不動像は寺伝では慈覚大師が造立したといわれ、後白河上皇の信仰も篤かった。義仲の放火のさいに、上皇の身代わりとなったと伝えられており、現在も毎年11月15日には不動会(ふどうえ)がいとなまれる。
法住寺
後白河天皇法住寺陵
ウィキメディアコモンズには、法住寺_(京都市)の画像またはその他のファイルが含まれています。 (wikipedia・法住寺_(京都市)より)]
[1月15日のもよりの日曜日(三十三間堂において「楊枝のお加持」が行えわれる同じ日)、法住寺において無病息災を祈願する「大根焚き」が授与されます。また午前と午後の2回。護摩供、牛王寶印の御加持もあります。この日だけは境内や本堂が無料開放。おとなりの三十三間堂では「通し矢」や「楊枝のお加持」という全国レベルで知名度の高いイベントが行われているので大変なにぎわい。一方こちらは、知る人ぞ知る大根焚き、混みあうこともありません。 (「法住寺の大根焚き – 京都そぞろ歩き」より)]
「0576法住寺(Houjuji Temple) | うさぎのブログ」、「母から娘、祖母から孫へ まごころ伝える つり雛展 – 後白河法皇」、「法住寺 つり雛展 | ClubFame」
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カメラ東方向が法住寺山門で、カメラ東北東方向が後白河天皇法住寺陵参道です。
カメラ東方向が法住寺竜宮門で、参道正面に旧御陵正門碑、その左に法住寺殿蹟碑があります。