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三鈷寺
[三鈷寺(さんこじ)は、京都市西京区大原野にある西山宗の寺院。本尊は如法仏眼曼荼羅。鴨瀬山(かもせやま)の中腹にある証空(西山国師)ゆかりの寺院である。
当寺は、承保元年(1074年)に善峯寺を開いた源算が隠居所として結んだ北尾往生院と号する草庵に始まるとされる。二祖観性法橋、三祖慈鎮和尚(慈円)、そして四祖として建保元年(1213年)に法然上人門下の証空、即ち西山国師が法灯を継ぐと念仏の道場として浄土宗西山義(浄土宗西山派、現・西山浄土宗)の拠点とした。その際に、寺名が往生院では宝祖祚長久鎮護国家を祈願するのに不適当であるとし、当寺の背後の山の山頂髢嶽(かもじだけ)の三峰が仏器の三鈷に似ていたところから、寺名を三鈷寺に改めている。また、後嵯峨天皇の勅願所に列せられている。
宝治元年(1247年)に証空が遣迎院で亡くなると、その遺骸は当寺に埋葬された。そして、建長年間(1249年 – 1256年)に証空に帰依していた蓮生(宇都宮頼綱)により多宝塔が建立されると、観念三昧院華台廟と名付けられた。
建武2年(1335年)からは浄土宗西山派の寺院でありながら、天台・真言・律・浄土の四宗兼学の道場となる。
応仁の乱に巻き込まれて堂宇が荒廃するが、その後再興されている。
江戸時代中期には寺基を東側の谷を挟んだ向かいの山にある現在地に移している。
古くから不断念仏の道場であったが、四宗兼学の道場として1951年(昭和26年)に西山浄土宗から独立し、西山宗の総本山として一派を形成した。
境内の南側には隣接して善峯寺がある。
三鈷寺山門・wikipedia-photo
三鈷寺境内・wikipedia-photo
(wikipedia・三鈷寺より)]
[西山宗本山。開山は源算上人で、1074年(承保1)建立の往生院が前身。四祖證空(西山国師)が念仏道場として発展させた。背後の山容が仏具の三鈷杵に似ていることから三鈷寺と改めた。本堂前からの眺望がよく、京都市内、宇治市、城陽市、木津川市方面まで見渡せ,眺めは雄大である。善峰寺と隣接の山中にある。建立:平安時代 (「京都観光Navi:三鈷寺」より)]
「都名所図会」・「巻之四 右白虎再刻 三鈷寺」、「巻之四 右白虎再刻 西山三鈷寺 (三鈷寺)解説」
三鈷寺(拡大図)
カメラ北西方向が東門への三鈷寺参道口です。
三鈷寺のストリートビューで、カメラ位置は三鈷寺東門で、カメラ南南西方向が本堂です。
三鈷寺山門前のストリートビューです。