マーカーは本願寺 近松別院です。
本願寺 近松別院
[由緒
近松別院は、もと近松山顕證寺と号し、本願寺第八代の宗主蓮如上人の開創である
寛正六年(一四六五)京都東山大谷にあった本願寺が壊難に遇い、蓮如宗主は湖南地方に避難され、文明初年(一四六九)この地に一宇を建立し、祖像を安置して顕證寺と称した。
その後文明一二年(一四八〇)山科に本願寺が再建されるまでの十年間はここが事実上の本願寺であった。
昭和二十年(一九四五)太平洋戦争の末期、陸軍の軍病院保全のため強制疎開に遇い、本堂等解体の余儀なきに至ったが、昭和五十六年(一九八一)滋賀教区全域の懇念に依り再建復興した。
本尊 木像阿弥陀如来像
史跡 犬塚 南西100m (「近松別院 | 別院について – Wix.com」より)]
「東海道名所図会. 巻之1-6 / 秋里籬嶌 [編]」・「近松御坊世喜寺(関寺)牛搭」( 1 巻 – 14 )
[右ページに近松御坊、左ページに世喜寺(関寺)と牛搭が描かれています。]
カメラ西方向が本願寺 近松別院です。