正倉院

マーカーは正倉院です。

正倉院
[元は東大寺の倉庫であったが、明治以降、国の管理下におかれ、内務省農商務省と所管省庁は変遷し、1884年(明治17年)宮内省所管となった。第二次世界大戦後は宮内府を経て、現在は宮内庁の正倉院宝庫及び正倉院宝物を管理する施設等機関である正倉院事務所が管理している。正倉院の宝物には日本製品、中国(唐)や西域、遠くは ペルシャなどからの輸入品を含めた絵画・書跡・金工・漆工・木工・刀剣・陶器・ガラス器・楽器・仮面など、古代の美術工芸の粋を集めた作品が多く残るほか、奈良時代の日本を知るうえで貴重な史料である正倉院文書(もんじょ)、東大寺大仏開眼法要に関わる歴史的な品や古代の薬品なども所蔵され、文化財の一大宝庫である。シルクロードの東の終点ともいわれる。
校倉造、屋根は寄棟造瓦葺き。規模は正面約33.1メートル、奥行約9.3メートル、床下の柱の高さ約2.5メートルである。建立時期は不明だが、光明皇后が夫聖武天皇の遺愛の品を大仏に奉献した756年(天平勝宝8)前後とみるのが通説である。759年(天平宝字3年)以降、宝物出納の記録が残っていることから、この年までに建立されていたことがわかる。当初の正倉院の建物構成についてはわかっておらず、記録によれば、平安時代末期には現存する宝庫1棟を残すのみであったらしい。
校倉造の宝庫は長年、宝物を守ってきたが、1952年に鉄筋コンクリート造の東宝庫、1962年には同じく鉄筋コンクリート造の西宝庫が完成し、翌1963年、宝物類はそちらへ移された。現在、宝物の大部分は西宝庫に収納、東宝庫には修理中の品や、西宝庫に収納スペースのない、大量の染織品が収納されている。現在、勅封はこの宝庫に施されている。
正倉院正倉・wikipedia-photo、校倉造・wikipedia-photo、献物帳 国家珍宝帳 冒頭・wikipedia-photo、赤漆文欟木御厨子・wikipedia-photo、平螺鈿背八角鏡・wikipedia-photo、金銀山水八卦背八角鏡・wikipedia-photo、鳥毛立女屏風第4 部分・wikipedia-photo、羊木臈纈屏風・wikipedia-photo、銀薫炉・wikipedia-photo、蘇芳地金銀絵箱蓋・wikipedia-photo  (wikipedia・正倉院より)]

蘭奢待
[蘭奢待(らんじゃたい、蘭麝待とも表記)は、東大寺正倉院に収蔵されている香木。天下第一の名香と謳われる。正倉院宝物目録での名は黄熟香(おうじゅくこう)で、「蘭奢待」という名は、その文字の中に”東・大・寺”の名を隠した雅名である。その香は「古めきしずか」と言われる。紅沈香と並び、権威者にとって非常に重宝された。
東南アジアで産出される沈香と呼ばれる高級香木。日本には聖武天皇の代(724年–749年)に中国より渡来したと伝わるが、実際の渡来は9世紀ごろとする説が有力である。一説には『日本書紀』や聖徳太子伝暦の推古天皇3年(595年)記述という説もある。奈良市の正倉院の中倉薬物棚に納められており、これまで足利義満足利義教足利義政土岐頼武織田信長明治天皇らが切り取っている。
蘭奢待・wikipedia-photo  (wikipedia・蘭奢待より)]

資料リンク
大和名所図会. 巻之1-6 / 秋里舜福 [著] ; 竹原信繁 画 」・「東大寺景清門」(1-29)[図会左ページ左下に景清門(転害門)、左ページ中程に宝蔵(正倉院)が描かれています。]、「勅封倉は東大寺の宝蔵解説・右ページ1行目から左ページ4行目まで」(1-40)、「蘭奢待解説・右ページ左端」(1-33)

正倉院 正倉 – google Map 画像リンク

カメラ西方向が正倉院正倉です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*