石清水社・石清水井

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石清水社・石清水井
[男山中腹に位置する石清水社は、霊泉「石清水」を核とした摂社で、当宮の名の由来となった本宮御鎮座以前の起源に遡り、御鎮座以前は傍に石清水寺が建立されており、本宮創建と同時に石清水寺は「護国寺」となったとされています。
石造りの神明鳥居の石柱刻銘には、寛永13(1636)年、当時の京都所司代板倉重宗の寄進により建てられたとあり、境内に完全な形で残る鳥居としては最古のものです。また、その銘文は松花堂昭乗の書であるということも判明しています。
石清水は、厳冬にも凍らず大旱にも涸れない霊泉として、男山五水の中でも特に尊ばれ、往古より皇室および将軍家の祈祷にあたっては、この霊水を山上の本宮に献供するのを例としていました。その際、神前に供された石清水を「御香水」といいます。現在でも、当宮にて斎行される年間100余の祭典には、当日早朝に汲み上げられた「石清水」が必ず御神前に献供されています。  (「石清水社・石清水井 – 石清水八幡宮」より)]

石清水八幡宮境内図(「オープンストリートマップ」より。) – 地図をスクロールして右上に下馬と記述され、その左通称「七曲がり」と呼ばれるジグザクの石段を過ぎると「影清塚」のある分岐点にさしかかります。その左方向に滝本坊跡と記述されています、その場所に石清水社があります。

  
石清水社 – Google Map 画像リンク

カメラ西南西方向が石清水社です。