マーカーは雷丘です。
雷丘
[雷丘(いかづちのおか)は、奈良県高市郡明日香村大字雷にある標高110mほどの丘。「大君は神にしませば天雲の雷の上に庵りせるかも」という柿本人麻呂の句が残っている。
2005年(平成17年)11月、発掘で埴輪の欠片などが見つかり小子部栖軽(ちいさこべのすがる)の古墳墓である可能性や雷神伝説(後述)との関連をうかがわせた。
雷山の東南麓は飛鳥時代から奈良時代の遺跡が数多く残り、現在も発掘調査が続けられている。
伝説
『日本霊異記』(上巻巻頭)と『日本書紀』に雷丘に関連する伝承が記されている。
雄略天皇が后と寝ている寝所へ、家臣の少子部栖軽(ちいさこべのすがる)が気付かずに入ってしまい、天皇に「雷神を捕らえてこい」と命じられる。栖軽は豊浦寺と飯岡の間にある丘に落ちていた雷神を連れ帰り天皇に献上するも、天皇は光り輝く雷神に恐れをなし「落ちていた所へかえしてこい」と命じる。この雷神が落ちていた所を雷岡(雷丘)という。
数年後、小子部栖軽が亡くなると雄略天皇は彼の忠義を讃え、この丘に「取雷栖軽之墓」(雷神を捕らえた栖軽の墓)と墓標を建てる。これに雷神が腹を立て墓標を踏み潰すが、その割れ目に足を取られ抜けなくなってしまう。天皇は雷神を逃がし「生之死之捕雷栖軽之墓」(生前も死後も雷神を捕らえた栖軽の墓)と墓標を建て直した。 (wikipedia・雷丘より)]
「大和名所図会. 巻之1-6 / 秋里舜福 [著] ; 竹原信繁 画」・「栖軽逐雷」(5-40)
「『大和名所図会』今昔めぐり 27 栖軽逐雷(巻之五)(関連スポット:雷丘)」
カメラ西方向が雷丘になります。