久米田寺

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久米田寺
[久米田寺(くめだでら)は、大阪府岸和田市にある高野山真言宗の準別格本山の寺院。山号は龍臥山。本尊釈迦如来行基ゆかりの寺院である。
行基が開削指導したため池のひとつである久米田池を維持管理するため、天平10年(738年)に行基によって創建されたと伝えられる。当時の寺域は下記の古記の記述の通り、かなりの規模であったと推測される。これが院号「隆池院」の由来である。
『東は角河の流れ、春木の峯ならびに上の津川の東峯、七層の峯を限り、南は葛城の横峯、西は松村の登路ならびに延年ヶ峯・八坂切上を、そして北は熊野詣大通を限りに、この四至内の田畑地利を挙げて仏聖の灯油重僧のころ依怙となさしむ』
平安時代になると奈良興福寺一乗院の支配下にあった。鎌倉時代承久の乱により武士が乱入し荒廃したが、鎌倉時代中期になって安東蓮聖により再興された。
南北朝時代には天皇、皇族の帰依も深く、楠木正成とも密接な関係を持ち、手厚い保護が与えられたが、戦乱によって当寺も寺領を脅かされる事が多かった。室町時代になると、足利尊氏直義兄弟により全国に設けられた安国寺のひとつに指定された。
戦国時代永禄5年(1562年)3月に三好実休畠山高政が戦った久米田の戦いや、織田信長による高屋城の戦いの兵火等によりほぼ焼失した。しかし、江戸時代の延宝2年(1674年)に復興する。宝暦年間(1751年 – 1763年)に修理、明和7年(1770年)に本堂の再建、1919年(大正8年)には本堂の大修繕を行うなどして今に至る。現在塔頭は5院ある。
桜の季節には花見の名所となる。毎年4月21日には、縁日が出て、「21日のおだいっさん」と親しまれている。  (wikipedia・久米田寺より)]

和泉名所図会. 巻之1-4 / 秋里籬嶌 [著] ; 竹原信繁 画」 – 「久米田寺(3巻34)

久米田寺山門前のカメラです。