京都 わた悟

マーカーは京都 わた悟です。

京都 わた悟
[蝋燭は奈良時代に中国から仏教と共に入ってきたと云われています。蝋燭の炎は悪霊を浄化させるということで使われていたようです。当時の蝋燭の原料は「蜜蝋」と呼ばれ、蜜蜂の巣から取った蝋です。この蝋は数も少なく手に入れるのが困難なものでしたので、極限られたところで使われました。一部の貴族の人達や寺院だけであったようです。その後、遣唐使の廃止などがあり、中国からの輸入も途絶えがちになり、平安時代一端途絶えます。資料には残っていないのですが、室町時代になって復活したようです。しかし依然として一般の人々が使えるものではありませんでした。
その後江戸時代になって、日本独自の和蝋燭を作り始めました。この和蝋燭の原料は「(はぜ)」の実から取る蝋です。櫨は20種類くらいありますが、蝋燭に使える蝋がとれるのは6種類くらいです。江戸時代の和蝋燭はまだまだ貴重なものでしたので、庶民が使うことはありませんでした。一般の人達が灯りとしたものは、灯心(とうしん、または、とうしみ)と呼ばれる「藺草(いぐさ)の髄」を油に浸して、それに火を着けて灯りとしました。江戸時代後半になって蝋燭が少しづつ庶民にも普及し始めました。
 その頃京都では80軒ほどの蝋燭の職人が仕事をしていました。現在は5軒になっています。
昭和になって和蝋燭の原料を安いものから取ろうということで、米糠(こめぬか)から取った蝋、玉蜀黍から取った蝋、椰子の実から取った蝋など、様々な種類の蝋が試され使われました。しかし、櫨から取った蝋に勝るものはありあせん。値段が高いので使うのは苦しいのですが、「わた悟」では櫨の蝋にこだわっています。何故櫨の蝋が良いのか、先ず炎が非常に美しいです。静止したり横に揺れたり、呼吸しているように感じます。その上、油煙(スス)が非常に少ないのです。
 櫨の蝋は九州長崎から取り寄せています。普賢岳噴火の時は櫨が駄目になり、お取り引きいただいているお寺さんにお願いして一時期、違う材料で製造したときもありました。「わた悟」では比較的大きな蝋燭を作っています。お寺さん用です。東本願寺、佛光寺、興正寺、大覚寺などに納めてさせて戴いています。  (「第26回職人を囲む会 – 正行寺」より)]

[ 「ひところは洋蝋燭を使われるお寺様も多かったのですが、今、ふたたび和蝋燭が見直されてきています。本山で使われている蝋燭の炎をご覧になって、『やっぱり和蝋燭を』と注文してくださるんです。忙しい時には朝まで仕事をしています」夜なべ仕事に打ち込む和谷さんにとっては、秋はまさに”夜長“の季節なのです。
和蝋燭の老舗「京都 わた悟」の十代目店主の和谷さんには、ハーモニカの名演奏家という“もう一つの顔”があります。  (「わた悟 – 東山見聞録」より)]

カメラ南方向が京都 わた悟です。

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