光縁寺

マーカーは光縁寺です。

国立国会図書館デジタルコレクション – [洛中絵図・洛外絵図]. [2]」(コマ番号2/5・絵図中央右方向、永井靭屓の左上に光縁寺が描かれています。)

光縁寺
[壬生寺に近い光縁寺墓地には新選組隊士たちの墓碑が並んでおり、その中に、新選組結成時から近藤勇らの同志だった山南敬助の墓も含まれています。新選組が屯所を西本願寺に移すことになった慶応元年(1865)、山南は移転に反対して隊を脱走しましたが、捕らえられ切腹させられたとのことです。   (「京都市下京区役所:区内の施設案内-寺社-」より)]

[浄土宗の総本山・知恩院の末寺にあたるお寺です。創建は慶長16(1613)年頃といわれています。本尊阿弥陀如来。かつて門前近くには新選組の馬小屋があり、当時は毎日隊士たちがその前を往来していたんだとか。
山南敬助ら新選組隊士たち およびその縁者の墓があり、供養料として100円を納めることでお墓参りが可能です。光縁寺の紋と山南家の家紋が同じだったことから縁ができ、こちらで隊士たちの供養が行われるようになったそうです。  (「光縁寺京都観光スポット | 京都の町家【立志社】」より)]

「光縁寺 - 幕末トラベラーズ/地図と写真で見る幕末の史跡」

光縁寺 – Google Map 画像リンク

カメラ北北東方向が光縁寺山門です。