大原神社

マーカーは大原神社です。

国立国会図書館デジタルコレクション – [洛中絵図・洛外絵図]. [2]」(コマ番号2/5・絵図中央付近、善長寺町下の小原社が大原社だと思います。)

大原神社
[平安時代丹波国三和に鎮座する大原神社を洛中に勧請したのが始まりと伝えられます。江戸時代初期まで本社である丹波国三和の大原神社の御札をこの社で売り、上納金を納めていたようですが、江戸時代中期に上納金の額について揉めたため、交流が途絶えました。2001年、交流が復活しています。
現地は善長寺町と呼ばれ、かつて、大原神社が建つ場所の一帯には大原山善長寺があり、大原神社は善長寺の鎮守社であったと考えられています。安土桃山時代豊臣秀吉の洛中改革により善長寺は寺町通に移転となったため(寺町通蛸薬師に現存)、現地には鎮守社の大原神社だけが残されたとされています。
善長寺町は祇園祭で綾傘鉾を出す町となっており、大原神社境内が会所として使われています。  (「大原神社~善長寺町の古社|古都の礎」より)]

大原神社 – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向が大原神社で、境内に綾傘鉾町会所があります。