旧村井銀行 七条支店(現・きょうと和み館)

マーカーは旧村井銀行 七条支店(現・きょうと和み館)です。

旧村井銀行 七条支店(現・きょうと和み館)
[建築 – 1914(大正3)年
正面に並ぶドリス式のオーダーがひときわ目を引く大正初期の銀行建築。たばこ王、村井吉兵衛が興した村井銀行の支店の一つです。
 古典様式からモダニズムに移行する過渡期に建てられたもので、古典的な様相ながら幾何学的な装飾にアールデコの香りがあります。外観は重厚な石造りに見えますが、正面側はモルタル仕上げ、側面は石貼りです。
 最近までケーキとパスタの店「セカンドハウス西洞院店」として知られていましたが、現在は、土産物屋、団体用レストランとカフェなどの複合施設、「きょうと和み館」になっています。
 設計はペンシルバニア・テクニカルカレッジで建築を学び、村井吉兵衛関連の建物を多く手掛けた吉武長一。正面外壁モルタル塗り、側面外壁石張りのレンガ造り2階建て。  (「吉武長一 : レトロな建物を訪ねて」より)]

[村井 吉兵衛[文久4年1月22日(1864年2月29日) – 大正15年(1926年)1月2日]は、日本の実業家。明治時代に「煙草王」と呼ばれた。
約30年続いたたばこの民営時代は、日露戦争の戦費調達のため、明治37年(1904年)7月に施行された「煙草専売法」により終焉を迎えたが、民間が担っていたたばこ産業がすべて国家による専売制に切り替えられるにあたり、吉兵衛は莫大な補償金を手にした。その資金を元手に村井銀行、東洋印刷、日本石鹸、村井カタン糸などの事業を設立し財閥を形成していった。
吉兵衛没後の1927年、昭和恐慌により村井銀行が破産した(昭和銀行安田銀行へ吸収。)。  (wikipedia・村井吉兵衛より)]

カメラ北方向が旧村井銀行 七条支店(現・きょうと和み館)です。